シネマ見どころ

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「わたしは、ダニエル・ブレイク」(2016年、イギリス=フランス=ベルギー映画)

2017年04月01日 | 映画の感想・批評
第69回カンヌ国際映画祭で金賞に選ばれたケン・ローチの秀作である。前評判に違わず、これはローチのこれまでの数々の社会派秀作群の中でもひときわ輝く代表作となるだろう。
 ローチは傑作とされる「ケス」(69年)を撮った後、日本未公開の「ファミリー・ライフ」(71年)のあとはもっぱらテレビに活躍の場を移し、再びスクリーンに戻って来て日本で注目されるのは90年代に入ってからであった。「麦の穂をゆらす風」(06年)がカンヌの金賞を射止めて以降は押しも押されもせぬ巨匠の域にあった。
 そのかれが現代英国を蝕む格差と貧困の問題に鋭く斬り込んだのがこの映画である。
 主人公のダニエルは英国北東部の町でひとりで暮らす初老の大工である。心臓発作を起こして医師から仕事を禁じられており、就労困難から助成金の申請をして却下されてしまう。それで、異議申し立ての手続きをしようとするが、ネットでないと受け付けないといわれる。かれは何度も福祉事務所に通い、現状を説明しようとするがまともに取り合ってもらえない。求職して失業手当をもらうほうが早いとアドバイスされるけれど、それはそれでまた色々と複雑な手続きが必要で心底疲れてしまう。
 かれは福祉事務所で同じような冷たい対応を受ける若い女性ケイティと知り合う。かの女は子どもふたりを抱えるシングルマザーで、ロンドンのアパートを追われて流れ着いて来たのがこの町だった。正業に就けず通信制の大学で履修資格をとろうとしているが、電気代も払えない生活苦に喘いでいる。ダニエルとこの家族の交流が温かく描かれるのも束の間、それぞれに冷厳な現実が直面するのである。
 正直に誠実に働いてきた男が人生の黄昏時といってもよい時期に来て病気の妻を介護して看取った果てに失業し、十分な福祉の手も差し伸べられず虫けらのように扱われて社会から棄てられて行く。「俺は税金を払ってまじめに働いてきた。俺は人間だ、犬じゃない。少しは敬意を払え」というダニエルの憤懣やるかたないセリフが胸を突くのである。(健)

原題:I, Daniel Blake
監督:ケン・ローチ
脚本:ポール・ラヴァーティ
撮影:ロビー・ライアン
出演:デイヴ・ジョンズ、ヘイリー・スクワイアーズ、ディラン・マキアナン、ブリアナ・シャン