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フランスの降伏でドイツ中が沸き立つベルリンで、ある一家に一通の軍事郵便が配達される。オットーとアンナのクヴァンゲル夫妻の一人息子、ハンスの戦死報告だった。取り乱したアンナは思わず「あなたと戦争とあなたの総統のせいよ」と叫んでしまう。もともと二人はナチス党員ではなかったが、それまで熱心に支持していたナチス政権に怒りを覚え、たった二人で抵抗活動を始める。
葉書にヒトラー、ナチス政権に対する怒りのメッセージを書いて、街中の建物に置いてくるというものだった。見つかれば命はない。二人はそんな活動を、ゲシュタポに逮捕されるまで2年以上続け、285枚の葉書を書いた。
今ならラインやツイッタ―などのSNSを利用して、自由に自分の言いたいことを書き込み、広まっていくのも速い。(もっとも、無責任な情報や同調も多いが…。) また街中には防犯のためといって監視カメラが溢れていて、二人の行為はすぐに発見されてしまうだろう。
本映画には残虐なシーンは少ない。しかし狂気と恐怖に満ちた社会で神経をピリピリさせて暮らす人々の緊張感が伝わってくる。命を危険にさらしてまで、あまりにも地味としか言いようのない行動を続けたオットーは「大きくても小さくても見つかれば同じだ。少なくともまともな人間でいられた。(ナチスの)共犯者にならなかった」といい、心を解放していくのだった。
ところで285枚のメッセージは、ドイツ国民の心に届いたのだろうか。残念ながら恐怖に飲み込まれた監視社会の中で、二人の言葉に耳を傾ける市民はおらず、285枚のうち実に267枚が警察に届けられた。
原作者のハンス・ファラダは1947年、オットーとアンナのモデルとなったハンベル夫妻に関するゲシュタポの調書や裁判記録を基に、わずか4週間足らずで「ベルリンに一人死す」を書き上げ、小説完成の3カ月後に亡くなった。ナチスから「望ましくない作家」に分類され、酒とニコチンと薬物中毒に苦しみ続けた彼の最後の作品となった。しかし当時の東ドイツ政権下で「政治的配慮」の下に一部が削除されていたが、初版から60年以上たってようやくオリジナル版に復元され出版された。
オットーとアンナのように自由な精神を持って、歴史が間違った方向に行きかけた時、果たして私は勇気を持ってNoといえるだろうか。(久)
原題:Jeder stirbt fűr sich allein(誰でも一人で死んでいく) 英題:Alone in Berlin
原作:ハンス・ファラダ著 「ベルリンに一人死す」(みすず書房)
監督:ヴァンサン・ペレーズ
脚本:アヒム・フォン・ボリエス、ヴァンサン・ペレーズ
撮影:クリストフ・ボーカルヌ
出演:エマ・トンプソン、ブレンダン・グリーソン、ダニエル・ブリュール、
ミカエル・パーシュブラント、モニーク・ショメット、ヨアヒム・ビスマイヤー