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「逃げた女」(2020年 韓国映画)

2021年07月21日 | 映画の感想・批評


 韓国映画にもこんなに物静かなアートハウス系の作品があるのだ。まるでフランス映画を見ているような感覚に襲われた。ごく平凡な日常空間の、どこにでもいそうな男女のたわいないやりとりを映し出しただけなのに、見終わってから押し寄せてくるこの奥深い感情の渦はいったい・・・。
 デビュー作「豚が井戸に落ちた日」以来、新作を出すたびに高い評価を得ているホン・サンス監督。劇映画24作目となる本作「逃げた女」で、ついに第70回ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞するという快挙となった。
 物語はいたってシンプル。夫の出張中にソウルの郊外へと出かけた主人公のガミが、3人の旧友たちを訪ねていく。一人目の先輩ヨンスンは、めがねをかけた面倒見のいい中年女性。最近離婚して新しい家にルームメイトの女性ヨンジと一緒に暮らしている。三人で焼き肉パーティをした後、家の周りに住み着いた野良猫について近所に引っ越してきた男性から苦情を受ける。そのやりとりがなんとも日常的で面白いのだが、なぜこの二人がルームメイトになったのかは謎だ。
 二人目の先輩スヨンはサバサバした性格で気楽な独身生活を謳歌しているピラティスの講師。ガミが5年間の結婚生活で離ればなれになったのは今回が初めてで、愛する人とは何が何でも一緒にいるべきだというガミの夫の言葉が信じられないもよう。そりゃそうだろう、今は上の階に住んでいる建築家に胸をときめかせながらも、行きずりの若い詩人とも関係を持ってしまうスヨンだもの。
 三人目はミニシアターが併設されたカルチャーセンターのカフェで再会したウジン。二人はガミの元恋人で、今はウジンの夫であるチョン先生のことで過去に一悶着あったようだが、今回なんとか和解することができ、オフィスで話し込む。そこで話題になったのが最近のチョン先生のこと。今や度々テレビにも出演する人気作家なのだが、ウジンは夫がインタビューを受けるといつも同じ話をするのが嫌だという。「同じ話の繰り返しに本心なんてあり得ない」と思っているからだ。ここまで、それぞれの近況報告などの何気ない話から、互いの恋愛観や結婚観などへ話題が進んでいくという、似たようなシチュエーションが続いてきたのだが、ここへ来て見る者は俄然想像力がかきたてられることになり、面白くなってくる。ガミも夫のことについて三人の友人たちに同じセリフを"繰り返し”ていたのだ。その夫の姿は一度も画面に登場しない。ウジンとの和解もなんとなく不自然。どんな三角関係だったのだろう。二度も同じ映画を見るガミの胸中には、一体何があるのか。そして、題名にもなっている「逃げた女」とは?!
 主人公のガミを演じるのはホン・サンス監督の公私のパートナーでもあるキム・ミニ。タッグを組むのは本作で7作目。他にもホン・サンス作品ではおなじみの俳優たちが登場し、安定した演技を披露する。ラストに使われた海のシーンは、ホン・サンスの作品「よく知りもしないくせに」と同じだそう。ホン・サンスの不思議な映画のマジックについにやられてしまった!!他の作品も是非見てみたい。
 (HIRO)

英題:The Woman Who Ran
監督:ホン・サンス
脚本:ホン・サンス
撮影:キム・スミン
出演:キム・ミニ、ソ・ヨンファ、ソン・ソンミ、キム・セビョク、イ・ユンミ、クォン・ヘヒョ、シン・ソクホ、ハ・ソングク