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「LOVE LIFE」          (2022年 日本映画)

2022年10月05日 | 映画の感想・批評
 公団住宅で暮らす妙子と夫の二郎、そして妙子の連れ子の6歳の息子・敬太。結婚して1年が経つが、二郎の父親は未だに二人の結婚にわだかまりを持っていた。敬太を二郎の養子にすることにも反対していて、妙子は夫や夫の両親への不信感を拭い去ることができない。そんな時、痛ましい事故が起きた。敬太が風呂場で転倒し浴槽で溺死したのだ。悲しみを受け止められない妙子。葬儀にやって来た敬太の実父・パクにいきなり平手で叩かれ、抑えていた感情が一気に噴き出した。
 パクは韓国籍のろう者で、生活に困窮していたところを生活相談支援センターの職員である妙子に助けられた。二人は恋愛関係に陥り、敬太が生まれたが、パクは5年前に妙子と敬太を置いて姿をくらました。再会した妙子は今なお生活の定まらないパクを支えることに、心の安らぎを感じるようになる。自分の過失で敬太を死なせてしまったのではないか、と苦悩する妙子の心をパクは癒してくれた。敬太のいない現状を許容しようとする妙子を叱ってくれた。パクの前では気兼ねなく、泣いたり笑ったり、冗談が言い合える。閉ざされた心を開いてくれたことへの感謝が、妙子をパクへの支援にのめり込ませていった。一方、二郎は結婚寸前で別れた女性への想いを募らせ、実家で静養している彼女を訪ねるのだが・・・
 「淵に立つ」や「よこがお」で歪んだ愛情に焦点を当てた深田晃司監督が、本作では福祉の仕事に従事する人間の屈折した愛情を描いている。パクを二郎の両親が住んでいた部屋に住まわせたり、危篤の親に会うために母国へ帰るパクに付いて行ったりと、妙子の行動はエスカレートしていくばかりだ。
「私が側にいないと、あの人はダメなの」
 妙子の想いは依存的な愛情へと変化していき、二郎を困惑させる。妙子と二郎の生活は危機に瀕していた。やがて妙子はパクが韓国へ帰ったのは、別れた韓国人の妻との間にできた息子の結婚式に招待されたからだったことを知る。おそらくパクには失踪癖があるのだろう。20年前にも妻子を置いて姿をくらましていた。結婚式で出席者が音楽に合わせて踊り出すと、小雨降る中、妙子の体も動き始めた。パクには祖国で待っている人がいることを妙子は悟る。翻弄された形の妙子であったが、敬太を失った悲しみに一番寄り添ってくれたのはパクであった。
 興味深く思ったのは、妙子が二郎に聞かれたくない話を敬太とする時に、ろう者ではないのに手話を使っている場面。また妙子がパクの韓国人の息子とコミュニケーションをとる時、韓国語の聞き取りがうまくできないために手話で会話しているところ。近親者にろう者がいると、家族は手話が使えるようになる。「手話は空間を使った映像的な言語である」と深田監督は言っているが、コミュニケーションの新たな可能性を感じさせるシーンだ。
 本作に「淵に立つ」や「よこがお」の不気味さや怖さが感じられないのは、妙子の心理を観客が類推できるからだろう。常軌を逸した行動も妙子の悲しみに共感できるので、観客には安心感がある。原因や理由が突き止められない言動こそ怖い。妙子は一人で帰国し、二郎の住む部屋に戻る。そこには二郎がパクから託された猫がいた。妙子と二郎は再びスタートを切ることができるであろうか。(KOICHI)

監督:深田晃司
脚本:深田晃司
撮影:山本英夫
出演:木村文乃  永山絢斗  砂田アトム