シネマ見どころ

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「PIG/ピッグ」(2021年 アメリカ、イギリス)

2022年10月19日 | 映画の感想・批評
オレゴンの森の中で隠棲するように暮らす初老の男ロブ(ニコラス・ケイジ)はブタをつかって高級なトリュフを狩り、アミール(アレックス・ウルフ)という若者に卸している。
 ロブはブタと寝食をともにしているが、ある夜、何者かが陋居に押し入り、ロブを殴り倒してブタをさらってゆく。それで、アミールのところに行きブタを取り返すのに手を貸してくれと頼む。手がかりを得るためにトリュフを扱っている連中に聞き込みをおこない、たどりついた先がポートランドの古巣だ。
 ところで、ブタは犬より賢いときいたことがある。鏡に映った自分を自分自身だと認識することを鏡像認識というが、哺乳類の中ではヒト以外でこの能力をもつものはチンパンジー、オランウータン、イルカ、馬、象と並んでブタがおり、犬や猫には無理らしい。あるいはまた、ブタは寝床、餌場、トイレを明確にわける習性があり案外清潔好きだという。家畜動物の中で唯一ブタだけが食用のために飼育されてきた歴史から、使役動物として飼われた牛馬や犬に比べてその知能に関心が払われなかったのだろう。近年、ミニブタという改良種がつくられペット化されたことで賢いことが知られるようになった。
 閑話休題。ポートランドではロブはちょっと名を知られた存在だった。いったい何者なのか。隠遁生活を送る前に何があり、どういう仕事をしていたのか。それに加えて、ロブとの腐れ縁でブタ探しにつき合うはめとなるアミールの生い立ちや実家のことなどが、徐々に明らかになってゆき、その線上にブタ泥棒の正体もまた暴かれるのである。
 ロブが必死の形相で執拗にブタを取り戻そうとする姿を不思議なものでもみるようにアミールが問いかける。「トリュフをみつけるブタならまた買って訓練すればいいじゃないか」と。はじめは「あんなブタは滅多にいない。いまから訓練していてはシーズンにお間に合わない」と強気の姿勢を見せていたロブが、あるときふと気弱にアミールにつぶやく台詞が利いている。「本当はトリュフをみつけるのはわけないことだ。森の中の木をみればわかる」と。唖然として見返すアミール。ロブの喪失感は商売道具をとられたというより、愛犬家が愛犬を失ったときのショックと同質のものだとアミールも観客も気づくのである。たしかに、この映画の冒頭でブタが尻尾をふってロブに駆け寄っていく姿が思い出される。
 良質のミステリを読むように、謎が順次解き明かされていって意外な犯人にたどりつき、呆気ない最後を迎える。
 とくにおもしろかったところは、ロブがブタ泥棒を命じた黒幕をつきとめ、真相を吐かせるためにつかう手段だ。暴力や拷問だと思いきや、予想だにしなかった手をつかうのである。これはうまいと思った。みてのお楽しみだ。
 サルノスキ監督の長編劇映画デビュー作だというから将来が期待できる。すでに「クワイエット・プレイス」の三作目に着手したようだ。
 ニコラス・ケイジが抑えた演技で渋い味を出している。軽薄だが育ちのよさそうなお坊ちゃん風の好青年を演じたアレックス・ウルフもいい。(健) 

原題:Pig
監督・脚本:マイケル・サルノスキ
脚本:ヴァネッサ・ブロック
撮影:パット・スコーラ
出演:ニコラス・ケイジ、アレックス・ウルフ、アダム・アーキン