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「1秒先の彼」(2023年 日本映画)

2023年07月26日 | 映画の感想・批評
 この作品は第57回台湾アカデミー賞の最多受賞作「1秒先の彼女」のリメイク版。男女の設定を反転させ舞台を京都に移したことで、新たな作品となっている。残念ながら原作は未見である。
 市内の郵便局に勤めるハジメ(岡田将生)は何をするにも人より1秒早い。運動会ではフライングをし、記念写真を撮る時はシャッターチャンスを逃しいつも目を閉じている。職場では度重なる信号無視とスピード違反で、配達員から窓口業務に配置がえになる。
 ある日、鴨川の河川敷で路上ミュージシャンの桜子(福室莉音)と知り合い、彼女と宇治の花火大会に行く約束をするのだが‥‥。ここから不可思議なことが起こる。花火大会当日の日曜日、バスに乗り込んだはずなのに、次にハジメが目覚めたのは月曜日。真っ赤に日焼けしポケットには砂が入っている。交番に昨日を失くしたと届け出るがとりあってもらえない。通りがかりの写真館に飾られた一枚の写真を見てハジメは驚く。身に覚えのない自分が海を背に写っている。写真館の店主(笑福亭笑瓶)の話から、ある女性・レイカ (清原果耶)の存在が浮かびあがってくる。
 登場人物のキャラクターが各々魅力的に描かれている。ハジメは残念なイケメンのはずなのに、嫌味がなく愛すべき人物として存在する。脚本の宮藤官九郎が「岡田君には不思議なヒロイン感がある」と語っているように、ヒロインとして作品を成立させてもいる。カメラ女子のレイカは最初は頼りなげな風情だが、作品の後半からは芯のある人物としての存在感を放っていく。岡田将生がヒロインなら、清原果耶は男前である。
 京都を舞台にしたことで、説得力のある作品になっている。古来から京都には異界への出入口があると伝えられてきた。不可思議な事が起こっても、それを成立させてしまう土壌がある。
 郵便局内でのある場面(ハジメが京都地図を指し、洛中洛外を説明してその範囲を線で囲う)に一冊の本が頭をよぎった。「京都ぎらい」(井上章一著、2015年刊行)である。京都を論じた本は沢山あるが、著者独特の視点で京都・京都人を捉えた本である。この本が制作者の目に触れたのであれば、そのエッセンスがどこに散りばめられているかを探るのも面白い。ちなみにハジメもレイカも洛外出身。物語は洛中から洛外へと拡がり、洛外の更に北端、風光明媚な天橋立で終わる。
 子どもの頃に出会ったハジメとレイカが十数年を経て再会する、互いにテンポのちがう者同士のラブストーリーだが、個性を認め合う二人の間には温かい時間が流れていく。
 伏線がきれいに回収されてのラストの数秒間、じわっと込みあげてくるものがある。
 京都の京阪祇園四条駅近くには、今もレトロな郵便局がある。窓口にはハジメが座っているかもしれないと想像するだけで、ちょっと心がウキウキする。(春雷)

監督:山下敦弘
脚本:宮藤官九郎
原作:「1秒先の彼女」(チェン・ユーシュン)
撮影:鎌苅洋一
出演:岡田将生、清原果耶、福室莉音、片山友希、しみけん、笑福亭笑瓶、松本妃代、伊勢志摩、柊木陽太、加藤柚凪、浅井大智、山内圭哉、羽野晶紀、加藤雅也、荒川良々