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「大いなる不在」(2023年 日本映画)

2024年08月14日 | 映画の感想・批評
 近浦啓監督の長編2作目作品である。第48回トロント国際映画祭プラットホーム・コンペティション部門にてワールドプレミアムを飾り、第71回サン・セバスティアン国際映画祭のコンペティション部門オフィシャルセレクションに選出。同時に藤竜也が日本人初となる最優秀俳優賞を受賞している。更に第67回サンフランシスコ国際映画祭では最高賞にあたるグローバル・ビジョンアワードを受賞。世界の映画祭での受賞が続いている。
 主要な舞台は九州。冒頭の物々しい逮捕シーンから、父・陽二(藤竜也)と息子・卓(たかし・森山未來)の約30年ぶりの再会の物語が始まる。大学教授だった陽二は認知症のために別人のようで、陽二の再婚相手の直美(原日出子)は行方不明になっていた。二人の間に何があったのか、卓は二人の生活を調べ始める。
 陽二の自宅には夥しい数の小さなメモが張り付けてある。それらは陽二の生活を支えてくれる物であると同時に、不安の象徴でもある。人間の脳が、普段いかに情報処理をしてくれているかが分かる。脳が誤作動を起こすと、生活そのものが立ちいかなくなるという現実は厳しい。
 俳優を生業とする卓は淡々としたキャラクターの持ち主で、妻の夕希(真木よう子)と共に父の謎を探っていく。しかし、直美の妹(神野三鈴)や息子(三浦誠己)は卓に対して不穏な言動を見せ、謎は更に謎を呼ぶ。時系列など脚本の構造も複雑で、サスペンスの要素が深まっていく。
 1941年生まれの藤竜也は今年83歳を迎える。俳優デビューは1962年で、既に62年の芸歴を持つ。出演作は100本を超え「愛のコリーダ」(1976年、大島渚監督)では国際的な知名度も得た。近年は頑固一徹な写真屋や娘の行末を案じる豆腐屋など、職人気質の役柄が印象に残っているが、本作では高圧的な態度で人に接し、自分の息子にも他人行儀な言葉で接する姿がリアルで圧倒される。藤竜也本人が監督に提案したと聞く縁なし眼鏡が眼光の鋭さを柔らげていると同時に、その高圧的な印象を一層強めている。
 陽二が大切にしている分厚い日記帳には、陽二と直美の思い出が刻まれている。おそらく何度も読み返されたであろう日記帳のくたびれ加減に、美術制作の丁寧な仕事ぶりが伺える。撮影には実際の近浦啓監督の父親が暮らした家が使われていると聞くが演じる俳優にとっては大きな力になり得たと想像できる。
 平日の映画館はそこそこ席が埋まっていた。既にパンフレットは完売。ラストシーンの卓の後姿に、ちょっと置いてきぼりをくらった感は否めない。 (春雷)

監督:近浦啓
脚本:近浦啓、熊野桂太
撮影:山崎裕
出演:森山未來、藤竜也、真木よう子、原日出子、三浦誠己、神野三鈴、利重剛、塚原大助、市原佐都子