一念発起してウォーキングを始めたのが、ちょうど2か月前の3月8日。ウォーキングといっても、それまで自転車で行き来していた仕事場までの往復約4キロ、歩数にして5,000歩足らずを歩くだけである。しかしいつまで続くか不安だったが、2か月の間他の用事で自転車に乗ることはあっても、仕事に行くときに自転車を使ったことは一度もない。いや、それ以上に今までなら当たり前に自転車を使ったであろう場所も、歩いて行くようになり、歩くことの楽しさを味わっている。
歩くときは、ただ足を出すのではなく、背筋を伸ばし腰から脚を振り出すようにして歩くことを心がけている。それはダンスの基本姿勢でもあるから。歩くことによって今まで見えなかったものがよく見え、多くの新しい発見もあった。
犬も歩けば棒に当たるというが、人も歩けば犬に当たることも度々。コーヒーショップの入り口に置かれた置物の犬は、日によっておしゃれにも気を使っているようだ。
また、別の場所では大通りを走る車を背に、二匹の小犬が切り株の上で歩道を歩く人に愛嬌を振りまく。「木株にも着物せよ」という諺もあり、木の切り株のような醜いものも、飾れば見られるようになる、という意味らしい。この枯れ朽ちた切り株も、ワンちゃんの台座として役立って喜んでいるに違いない。
「犬も歩けば棒に当たる」は、本来でしゃばると災難にあうという意味だったが、転じて、出歩けば思いがけない幸運にあうものだ、という意味にも使われるようになったという。これからは季節もよくなる。大いに歩いて、幸運に出会うことを期待しよう。
歩くときは、ただ足を出すのではなく、背筋を伸ばし腰から脚を振り出すようにして歩くことを心がけている。それはダンスの基本姿勢でもあるから。歩くことによって今まで見えなかったものがよく見え、多くの新しい発見もあった。
犬も歩けば棒に当たるというが、人も歩けば犬に当たることも度々。コーヒーショップの入り口に置かれた置物の犬は、日によっておしゃれにも気を使っているようだ。
また、別の場所では大通りを走る車を背に、二匹の小犬が切り株の上で歩道を歩く人に愛嬌を振りまく。「木株にも着物せよ」という諺もあり、木の切り株のような醜いものも、飾れば見られるようになる、という意味らしい。この枯れ朽ちた切り株も、ワンちゃんの台座として役立って喜んでいるに違いない。
「犬も歩けば棒に当たる」は、本来でしゃばると災難にあうという意味だったが、転じて、出歩けば思いがけない幸運にあうものだ、という意味にも使われるようになったという。これからは季節もよくなる。大いに歩いて、幸運に出会うことを期待しよう。