特別寒かった今年の冬、温かい鍋物を囲んでのひとときは至福である。でも、ひとりで鍋料理というのも、ちょっと侘しい。
ひとりで食卓に座ることの多い我が身にとって、時々手がけるのがおでん。醤油はほとんど使わない関西風。しかし今年の冬は、その回数も激減。
いつも仕事の往き帰りに前を通る蒲鉾屋さんがあった。
或る日、気がつくとその店のガラス戸に張り紙がある。よく見て驚いた。店じまいの張り紙である。
そうか、僕は知らなかったが、古い建物のこのお店、こんなに歴史のあるお店だったのか。
ここのおでん種が美味しいことは知っていた。だからおでんといえば必ずここでネタを買っていた。
かなり高齢で、穏やかなご主人が奥から出てきて静かな応対をしてくれていたのだ。
このお店の隣には、また古いお店がある。そこは提灯屋さん。
提灯が欲しいわけでもないのに、勇気を出して店の戸を開けた。
「お話を伺ってもよろしいですか?」
「どうぞどうぞ、なんでしょう?」
ちょうど出かけるところだったお店のご主人が、機嫌よく迎え入れてくれた。
そのご主人の話によると、お隣さんは、90歳を越えるお爺ちゃんがひとりで自家製のおでん種の販売をやっていたそうだ。
病気をしてから、自信をなくし不本意ながら店じまいをしたのだそうで、
「その張り紙も私が書いて張ったのですよ。その時、お爺ちゃんは泣いていましたね。」
明治から三代続いたお店を閉めるのは、本人でなければ解らない無念さがあるのだろう。
そんな事とは知らずに買っていたここのおでん種、早く知っていればもっともっと買いに来たのに・・・。
言問通りから100メートルほど入った所にあるこれらの古い建物もめずらしいが、なんと話を伺っているこのお店は、江戸末期から四代続いている提灯屋さんだという。
奥では五代目という耳にピアスをした若主人が、こちらににこやかな笑顔をつくてくれた。
山手線の鶯谷駅から5分もかからないこの界隈、震災にも戦災にも遇わなかったそうで、古いたたずまいの家が多く、老舗もたくさんある。
下町散歩、おもいがけずすぐ近くにもこんな歴史を見いだした。
ここから歩いて5分以内にも、歴史あるお寺やお店、旧跡がたくさんあります。
2006.02.19