勿忘草 ( わすれなぐさ )

「一生感動一生青春」相田みつをさんのことばを生きる証として・・・

高く泳ぐや

2011-04-28 23:59:52 | Weblog

甍の波と 雲の波
重なる波の 中空を
橘かおる 朝風に
高く泳ぐや 鯉のぼり



驚くなかれ、風薫る初夏の空に聳えるスカイツリーに鯉のぼりが現れた。

♪♪
開ける広き 其の口に
舟をも呑まん 様見えて
ゆたかに振るう 尾鰭(おひれ)には
物に動ぜぬ姿あり
 
 童謡「鯉のぼり」の鯉は、「舟をも呑まん」と歌われるが、世界一高い電波塔・スカイツリーを泳ぐ鯉は、津波をも呑みこまんとするかのように大きな口を開けている。 


 しかし、そんな願いは夢のまた夢。実はこの鯉のぼりは、隅田川に架かる白髭橋の畔にある、東白髭公園の鯉のぼりである。スカイツリーを臨むこの公園には、子供たちの健やかな成長を願い、子供の日に合わせ、地元のボランティア団体が大小の鯉のぼりを大空に泳がせている。


♪♪♪
百瀬の滝を 登りなば
忽ち竜に なりぬべき
わが身に似よや 男子(おのこご)と
空に躍るや 鯉のぼり


 水を得て元気になるのは魚だが、同じ魚でも鯉のぼりの鯉は、青空と薫る風を得て元気になるようだ。日本が風を得た鯉のように、物に動ぜず元気になるのはいつのことだろう。
  

がんばっぺし

2011-04-27 23:11:51 | Weblog



小憎くん、金太郎の腹がけで元気そうだけど、相変わらずおしっこの勢いもよくて、気持よさそうだね


おじちゃん、もうじき5月になっちゃうんだよ


いつの間にか5月、大型のゴールデンウィークだねぇ


ゴールデンウィークの大型はいいけど、大型地震はいやだよ

 


ところで、金太郎くんはまさかりを担ぐんじゃないのかい


去年はまさかりの代わりに鯉のぼりを担いだけど、今年は先月と同じ旗で被災地を応戦することにしたよ


そっかぁ、四季の中でもいちばん快適な5月になるというのに、被災地の復興はまだまだだねぇ


地震と津波と原発事故、三重苦の東北の人たちは気の毒だね


岩手県花巻出身の宮沢賢治は、東北のやまあいを舞台にした「風の又三郎」の冒頭で、こんな表現をしているよ



どっどどどどうど どどうど どどう

青いくるみも吹きとばせ

すっぱいかりんもふきとばせ

どっどどどどうど どどうど どどう



これはどんな意味なの?


これは、風の音ともいえるし、美しい自然の唸り声にも聞こえるね 子供たちを吹きとばせといってるようでもある
 

地震と津波はこんな音を立てて襲って来たのかなぁ


賢治は、風の又三郎の中で、子供たちが、雨や、風や、雷や、川の水など自然の怖さを学ぶ姿を描いてる


自然を甘くみちゃいけないんだね  


自然の怒りが、賢治の故郷の東北地方というのも皮肉なことだねぇ


でも、東北の人たちは皆我慢強いし、譲り合う気持ちを持ってるし、立派だね、おじちゃん



みんな「がんばっぺし」といいながら、風の又三郎のように、前向きで歩いているんだね


おじちゃん、ボクも又三郎を見習って、東北の応援に「がんばっぺし」だよ 


んだんだ

虎の尻尾

2011-04-25 23:38:48 | Weblog
 花の命は短いというけれど、今年ほど短く感じた年はない。日本中が花を愛でるゆとりなどなかった花の季節も、初夏に向かって着実に歩んでいるようだ。


 今、桜前線はみちのくを北上しているらしいが、花が終わった東京の上野公園は、控えめな賑わいはいずこへか、初夏の陽射しが降り注ぎ、新緑が眩しい。



花見客は去り、静かになった不忍池の畔の八重桜は、初夏の風に揺れながら、カモメと共に行く春を惜しんでいるかのよう。


 しかし、こんな華やかな桜もある。やさしい色のやわらかな花びらは、温かさをふりまく桜色。今を盛りと咲くこの花の名は、「八重紅虎の尾」というそうだ。



 こんなきれいな虎の尾なら、触れてみたい気もするが、虎の尾は踏んでしまうと恐ろしい。眺めるだけがよさそうだ。


 自然という巨大な虎の尻尾は、誰が踏んでしまったのだろう。日本に牙を向けて暴れ狂った猛虎は、何を怒(いか)っているのだろう。この怒り、早く収めて欲しいものだが。。。
 

 

十二単

2011-04-23 20:45:48 | Weblog
 平安の雅といえば十二単(じゅうにひとえ)、その重さは10kg以上もあり、春用、夏用、秋用、冬用があったそうだ。雅とはほど遠いわが家のベランダには、セイヨウジュウニヒトエの花が咲き、その凛とした姿が、お前も背筋を伸ばせと言っているようだ。
 

 日本原産のジュウニヒトエは野草で、花の色は白や薄紫色だが、セイヨウジュウニヒトエは濃い紫色で園芸種、蔓を伸ばして増えていくところが、日本産のジュウニヒトエとは違うという。幾重にも重なった花が十二単にたとえられることからこの名がついたというが、ひとつひとつの花を見ると、十二単を着た女性が手を広げている姿にも見える。


 「強い結びつき」という花言葉を持つこの花だが、より遠くに蔓を伸ばして、強い結びつきの輪を広げ、震災の困難を乗り切って、背筋を伸ばして生きて行く姿をこの花に見る。ある花好きの方からいただいこの雅な花、花の名に敬意を表し、大切に育てていこう。

備えあれば・・・

2011-04-21 23:37:30 | Weblog
 3.11の地震発生により、店頭からあらゆるものが消えていった。何故これが、と思うようなものまでがない。人間の心理は不思議なもので、一度品薄になると、買っておかなければいけないと思う心理が働き、更に品薄に拍車がかかる。しかし、のんきで危機感も頭髪も薄い僕は、買いだめも買い急ぎも全くしなかった。スーパーにあるもので充分間に合っていた。


 地震から数日後、我が家の多機能を備えた懐中電灯が全く機能していないことに気付き、家電も扱っている大型スーパーに買いに行ったが、売り場の何処を探してもない。閑散として手持ち無沙汰の店員に聞いた。「懐中電灯ありますか?」。すると、今更何を言ってるんだ、といわんばかりの無愛想な顔で、横を向きながら「ありません!」と一言。そんな言い方はないだろう、と思いながらも、今頃買いに来るほうがのんき過ぎるのか、と半ば納得。


 そして昨日、近くの電気屋さんで見つけたLEDの懐中電灯。防滴で長時間使えるという理由と、余計な機能がない手軽さが気に入って買ってきた。玄関先に下げてみたが、今夜も大きな揺れに驚かされ、この懐中電灯を手にしたが事なきを得た。まだまだ備えておかなければならないものがあるが、それらが活躍することがないことを祈るとともに、震源地が次第に東京に近づく余震が、早く収束して欲しいものだ。今回のような巨大地震では、備えがあっても憂いがあるということを学んだが、備えがないよりはましだろう。

五重塔

2011-04-19 22:21:33 | Weblog
 耐震設計の教科書ともいわれる五重塔は、スカイツリーをはじめ、世界の超高層建築にその耐震構造が採用されていることでも知られている。浅草寺の五重塔は夜になるとライトアップもされていたが、東日本大震災の影響によりライトアップは中止されている。

 昨年の三社祭の時に撮った五重塔は5月の空に凛として聳えている。今年は浅草のお祭りは震災による自粛のため、三社祭をはじめ、隅田川の花火大会も、サンバカーニバルも、すべて中止となった。浅草に住む僕としては淋しい限りである。

 上の画像は、震災後の五重塔だが、昨年の三社祭時の画像と比べて、異なる部分があるのだがお判りだろうか。撮影場所が違うので、判りにくいとは思いますが、よ~くご覧いただきたい。

 これも昨年の三社祭の画像だが、浅草と三社祭は切っても切れない関係なのだが、今年はおとなしくして我慢しよう。 
 
 ところで、先程の問いはこの画像でお判かりかと思いますが、塔の頂部の長い相輪の上にあったふたつの球のひとつが、地震の揺れで落ちたらしい。この球ひとつで100キロ以上もあるそうだが、残った球の上の芯が歪んで見えるのは、気のせいではなさそうだ。

 地震による後遺症があちらこちらで歪んだ形で表れている。放射能汚染により避難した人たちへの差別意識もその一つ。どうかやさしい心で受け入れてあげようではありませんか。

◇ことば◇

何気なく
言った ことばが
人を どれほど
傷つけていたか
後になって
気がつくことがある

そんな時
私はいそいで
その人の
心のなかを訪ね
ごめんなさい
と 言いながら
消しゴムと
エンピツで
ことばを修正してゆく

-柴田トヨ さん-
 

そして誰もいなくなった

2011-04-18 23:31:50 | Weblog
 アガサ・クリスティーの推理小説 「そして誰もいなくなった」では、無人の孤島に招かれた10人が次々と殺され、残された人たちは、犯人が誰かわからないまま疑心暗鬼になる。最後の一人も、犯人がわからず精神的に追い詰められて自殺、そして誰もいなくなったのである。結末や如何に。。。


 江戸の情緒と下町人情、和の老舗が残る東京下町浅草は、ウィークデーはもとより週末になると、東洋系も含めた外国人観光客で賑わい、外国語が飛び交っていた。


 ところがである、福島原発事故以来、外国人の姿が全くといっていいほど見られなくなった。言うまでもなく放射能汚染から逃れるためである。


 仲見世通りもいつもの混雑は見られないが、それでも日本人観光客は、何事もなかったように浅草を楽しんでいる。国外に逃げる術もないから。。。


 突然の行使による混乱と、不公平さで不満もあった計画停電と同じ、相変わらずの無計画な計画的避難区域などという言葉で、補償の見通しも定かではない住民を避難させる無責任さ。更には、収束に6~9ヶ月というシナリオも、まだまだ不安定な放射能放出の原子炉の修復のめども立たない状況では、この収束計画も計画的とはいえない。東電の勝俣恒久会長は「計画は100%できるというものではない。とにかくやれることから行い、原子炉の冷却を達成したい」という。

 日本の観光地からは、ひとり消え、ふたり消えする外国人観光客。原発事故の福島からは住人が住処(すみか)を追われ、帰る当てもなく苦しんでいる。計画的などという、意味不明で無計画な対応に「そして誰もいなくなった」というようなことのないことを祈る。この結末や如何に。。。

人は二度死ぬ

2011-04-14 22:50:52 | Weblog
 千年に一度といわれる歴史的な大震災は、津波という副産物で家も家族も想い出さえも奪い去ってしまった。被災した人たちの悲しみのドラマは、被災した人の数だけある。毎日報道される悲劇のひとつひとつに涙する日々だが、失われた多くの命は未だ発見されずにいる。突然襲った津波に流されながら、人は何を思ったのだろうか。遺体が発見されずとも、その魂は千の風になって、いや万の風になってあの大きな空を吹きわたっているのかもしれない。

千の風になって 歌・新井 満

人間は二度死ぬという。最初の死は肉体が滅びた時、二度目の死はみんなに忘れ去られた時。

 失った愛する家族の姿は、悲しみにくれながらも残された家族の心の中で生き続けるだろう。しかし家族すべてが帰らぬ人となった方たちは忘れ去られてしまうのか。いや違う、今回の未曾有の大惨事は後々まで語り継がれ、永遠に歴史に残るだろう。彼らの生きた証は、名前は知らずとも歴史の中で生き続けるのだ。この悲劇、忘れてはならぬ、沈黙してはならぬ。忘れるはずもないが。。。

死んだ人々は、還ってこない以上、
生き残った人々は、何が判ればいい?

死んだ人々は、慨(なげ)く術(すべ)もない以上
生き残った人々は 誰のこと 何を 慨(なげ)いたらいい?

死んだ人々は もはや黙ってはいられぬ以上
生き残った人々は 沈黙を守るべきなのか?

ジャン・タルジュ-

机上の空論

2011-04-12 22:13:02 | Weblog
 日本中を震撼させた巨大地震の発生から一ケ月が過ぎた。東京でも相変わらず震度5前後の余震が続き、地震速報の予告がありながら、その都度右往左往する自分に呆れている。


 呆れるのは己にだけではない。自然の脅威を改めて思い知らされている今回の巨大地震だが、地震の専門家でマグニチュード9を予測した人がいただろうか。自然災害を予測することの難しさは仕方ない。しかし、福島原発事故への対応には呆れるばかり。すべてを想定外という言葉で片付けようとするが、それは言い訳でしかない。地球上ではM9以上の地震が起きているのだから。。。

 この危険極まりない施設を、絶対安全と言い切っていた愚かさは何を根拠にしていたのか。事故発生後も、専門家たちは楽観的な意見に終始していた。彼らは放射能汚染に関しても「とりあえず安全」という言葉で逃げる。その言葉は刹那的な気休めであり、机上の空論でしかない。時が経つに連れ、被害の拡大と復旧作業の難航は、日増しに深刻な事態になっている。

 事故の国際評価尺度に至っては、最初の「レベル3」から始まり、徐々に引き上げ、遂にはチェルノブイリ事故と同じ最悪の「レベル7」とした。それでも未だに、チェルノブイリの事故とは違うと言い張るが、これからどの様な事態が起こるか誰が予測出来よう。福島原発全てが爆発した時、日本列島が安全という保証がどこにあろう。まだまだ続く余震活動と、遅々として進まない復旧作業に、爆発しない保証があるのか。チェルノブイリとの比較ではなく、同じレベルの深刻な事故であることが問題なのだ。全てが隠蔽と、自己保身の体質が為せる技と思える。

 怖いものの例えにある「地震・雷・火事・親父」の親父とは、「大山風(おおやまじ)」が「おやじ」になったそうだが、「大山風」とは台風のことなのだそうだ。つまり、この「地震・雷・火事・親父」は、すべて自然現象といえる。今更ながら自然の脅威に怯える日々である。しかしながら原発は人災である。今回の地震は原発の安全神話まで崩壊させてしまったが、訳のわからない数字を並べた机上の空論などもう聞きたくない。

 画像は今回の地震にも耐えて、地震の一週間後の3月18日13時34分に、完成時の高さの634メートルに達したスカイツリーだが、地震のニュースの陰であまり報道されなかった。地震発生時にこの上で作業していた作業員はどんな気持ちだったのだろう。

花曇り

2011-04-11 00:18:30 | Weblog
桜をこよなく愛し、桜に命を賭けた桜守の佐野藤右衛門さんは、「人知れず咲く山桜こそ、最高の花見」という。


 自粛ムードの中、ちょっと遠出の花見に出かけた。日本さくら名所百選にも選ばれているという長瀞の桜は、花曇りの空模様に、「かすみか雲か匂いぞ出ずる」の如く、春霞に似たやさしさを漂わせていた。


 楚々とした美しさは、都内の桜の名所とはまた違った趣を醸し出し、うぐいすの鳴き声が花に花を添え、都会では味わえない静かな花見になった。



藤右衛門さんはいう。「どの桜がいいか、なんて言えんわ。どの女が好きか、と聞かれるのと同じで、それぞれ好きやから。。。」と。



日本人にとって桜は特別のものであるようだが、桜前線は確実に北へ向かっている。

 

被災野菜

2011-04-09 00:19:05 | Weblog
 知人の家の近くに、茨城県からお米や野菜を売りに来る農家の方がいる。何年も前からこの方からお米を購入している。お米と一緒に、お任せでその時々の旬の野菜も送っていただいていた。


 今回も葉物野菜も入れていいと言っていたのだが、送られた段ボール箱を開けてみると、ほうれん草などの葉物野菜はなく、主に根菜類が入っていた。おじさんが気を使ってくれたのだろう。そんな気遣いがうれしいが、僕としては、丹精込めた野菜が放射能汚染問題で廃棄処分になるなら、少しでも協力したいと思ったのだが。。。

花に寄せて

2011-04-08 01:00:43 | Weblog
東京では汗ばむ陽気に、咲き始めた桜が一気に満開になった。


 上野公園は平日にもかかわらず、多くの人で賑わっていたが、折からの自粛ムードに例年のような宴会をする団体はなく、桜の下を歩く人達も心なしか淋しげにも見える。


 平日ということもあるのか、花見時に所狭しと敷き詰められたシートがない上野公園を見るのは初めてであり、こんな花見の仕方もいいかもしれない。経済効果としてはマイナスだが。。。


暖かな日差しの中、不忍池に浮かぶボートには、幸せそうなカップルが多く、心の中は見えないがここに悲壮感はない。


日本中が悲しみで沈む必要もなく、短い花の季節に少しでも気持ちを和ませるゆとりもあっていいだろう。


上野公園には、毎年花見時になると現れる人気者がいる。


昨年までは一匹だった花見猫は、今年は新顔が加わり、人気を二分している。


猫に人気を独り占めされた雀たちも、我こそここにありといわんばかりに、桜の花を口に咥え、おしゃれに気取っていた。


更には、粟だろうか、餌を乗せた女性の手に群がり遊ぶ楽しげな姿に、雀の涙はなかった。 



このブログを作成中にも余震とみられる大きな揺れに見舞われたが、被害がないことを祈りながら、東北に涙の乾く日が早く来ることを願う。

桜前線

2011-04-05 00:32:37 | Weblog
◇絶望は愚か者の結論です◇

◇溜め息をひとつつくと幸せがひとつ逃げる◇

◇後ろ向きは歩きにくいから前を向いて歩こう◇


 経験豊かな先人の言葉に励まされることは多い。しかし、毎日報道される暗いニュースに、あるときは絶望感に襲われ、あるときは溜め息をつき、あるときは前に進めなくなるときもある。そんな時、ひた向きに、前向きに生きる被災地の方々の姿は、先人のどんな言葉より胸に染みる。


 長引いた冬も、桜前線に追われるかのように、時には後ろ向きに歩きながらも、ようやく前を向いて歩きだしたようだ。やっと5分咲きになろうとしている隅田公園の桜も、春のうららの隅田川の眺めを値千金に変えていた。


 『花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは』『万(よろづ)の事も、始終(はじめをはり)こそをかしけれ』と兼好はいう。新しい年度も始まったばかり、北に向かう桜前線のように、前を向いて歩く季節になればいい。