行方がわからなくなっていた母鳩が帰ってきた。いや、姿を見たというべきか。
ヒナの育ち方からすると、毎日餌を与えに来ていたに違いない。僕が知らなかっただけなのだろう。
以前の様に、向かいの電柱にとまっている姿を見たときの嬉しさは、後悔と共に安堵の胸を撫で下ろした。
それも、母鳩が卵を温め始めた頃から姿を見せなくなっていたもう一羽も、一緒にいるではないか。
そうか、父鳩にも何かの役割があったのかもしれない。それを、勝手な早とちりで、一羽のヒナをカラスの犠牲にしてしまった僕は、許されるはずもないのだが、これで安心して残された一羽を見守ることが出来る。
二羽の親鳩が、仲良く愛を育んでいるのを見ると、なんとも微笑ましい。こうなる事が解っていたのなら、何も僕がお節介をする必要はなかったのに・・・。返す返すも残念だ。
あの、相田みつをさんも言っている。
お節介が過ぎるとそれは親切ではないのだ。「そっとしておく おもいやり」も、時には必要なんだなぁ。
2006.06.30