◇ 毎朝の草刈 ◇
-相田みつをさん-
「おはようございます。毎朝よくご精が出ますね」 黙々と草刈をしている男の人の、がっしりとした背中に私は声をかけました。年の頃64、5歳でしょうか。
私が毎朝運動のために歩く道筋に、市の観光名所になっている『H農園』があります。農園の生垣に沿って、歩行者専用の道路があり、その道路に沿って幅4メートルほどの川が流れております。川と道路の間、つまり、川岸はゆるい斜面になっていて、そこに春から夏にかけて草がいっぱい生えます。その川岸の草を毎朝露にぬれながら刈っているんです。
私がそこを歩き始めてからもう十年になり、毎朝見かけているわけですから、この人は一体何年ぐらい、草刈をやっているのでしょうか?草の生えている斜面は、幅約3メートル、長さは300メートルもあります。一人で刈っているのですから300メートルの長さは大変です。私は初めの頃は「この人はH農園の従業員で、ここの草刈を専属にやっているんだな」と、単純に見ておりました。ところがそうではなかったのです。
あとでわかったことですが、この人は農園とはまったく関係のない人でした。Uさんといって元は小学校の先生でした。その川の岸辺(ほとり)に住んでいて、そこの長い川岸の草を刈っては、四季折々の花を咲かせていたのです。夏の初めには、色とりどりの、小さな朝顔のような花が川岸いっぱいに咲きます。道路沿いのフェンスにつるをからませて、長い長い花の塀ができて、それは見事です。
さて、このUさんの行為は無償の行為だったのです。報酬をもらおうとか、だれかにほめてもらおうとか、そんな意識は全くないのです。ただ草を刈り、ただ花を咲かせているだけです。しかも一生けんめいに、そのことに打ち込んでいるんです。私は毎朝Uさんの姿を見るたびに「自分にはこのまねはできないなぁ~」と、心の中でいつもつぶやいております。
人間は何かいいことをすると、「自分はこんないいことをした」と、すぐ他人(ひと)に見せたくなるものですが、Uさんの草を刈る姿にはそんなケチなものは全くありません。丹精こめた花が咲いても「この花はおれが咲かせたんだ」なんてことは一ツも言いません。ほめられようがけなされようか一向におかまいなしです。黙々と草を刈り、黙々と種をまき、ただ花を咲かせているだけです。しかも自分の庭ではありません。お役所も手をつけない川岸の斜面にです。「自分のため」はどこにもありません。終始一貫して無償の行為です。
この話は、我がブログタイトルにも使わせていただいている、相田みつをさんの「一生感動一生青春」からの引用です。この話はまだ続きます。己を戒めるとき、この話を思い出します。長い文章ですが、是非最後まで読んでいただくことを望みます。
私の友人にKさんといって、観音さまの生まれ変わりのような心の暖かいひとがおります。何事にも誠実で責任感の強い信頼できる人です。以下はそのKさんから聞いた昔々の話です。
Kさんが小学校の頃のできごとです。その頃は日本とアメリカと戦争をしており、いまとはまったく違った大変不幸な時代でした。
ある夏の日の炎天下、Kさん達生徒は校庭で校長先生の話を聞いておりました。校庭の地面は焼けつくような熱さ。生徒はみんなハダシです。焼けたフライパンの上にいるようで足の裏が熱くてたまりません。じっと立っていられません。そのうち一人の生徒が我慢できなくなって、足をばたばた動かしました。するとそこへB先生が飛んで来て「なにをじたばたしてるんだ!!」と、いきなりその生徒をなぐりました。その様子を見ていた若い男の先生が、B先生の腕を押さえて、「この生徒をなぐるんだったら、自分をなぐってくれ、生徒はハダシだ。B先生、あんたは靴を履いている。ハダシの生徒の足の熱さが靴を履いている者にわかるか!!」と仲裁に入ったというのです。
とんだハプニングで困ったのは校長先生。喜んだのは生徒達。「あんな痛快なことはなかった。胸のすく思いだった」とKさんは語りました。若い男の先生は、生徒がハダシの時は自分も必ずハダシになったとのことです。
そしてKさんは更に言葉を足しました。
「相田さんが毎朝見かけるという、あの川岸で草を刈っている人ね、あの人はね、実はあの時、なぐられた生徒を身体を張って守ってくれた若い先生、その人なんですよ。U先生というんです。U先生のような人を<ほんもの>の教育者というんじゃないでしょうかねぇ・・・」私は感動してうなりました。
その後しばらくたって、いつものように川岸で草刈をしているUさんに私は尋ねました。「ここに毎年夏になると咲く、朝顔を小さくしたような可愛い花、あの花はなんという名前でしょうか?」
「ルコウ草というんです」
「どういう字を書くのでしょう?」
そこでわかったのが『縷紅草』という花の名です。それ以来Uさんのことを心の中で『縷紅先生』とよんでおります。
-相田みつをさん-
この話を読んでから、「縷紅草」という花が好きになりました。夏に咲く花と聞きますが、なぜか今、近所のお宅に咲いていたのです。うれしくて、この話を紹介しました。