今日、10月1日の東京は、少し汗ばむほどではあったが、いよいよ秋本番を思わせる爽やかな秋晴れに恵まれた。
秋は人恋しくなる季節である。そして何故か幼い頃の郷愁を誘う季節でもある。
埼玉の農村に育った僕は、子どもの頃に見た田園風景が好き。
麦秋の頃、青い麦の穂が暖かな風に波打ち、全身に春を感じる。
夏には蛍を捕まえて蚊帳の中に放ち、その光を楽しんだ。
秋には真っ赤に染まった夕日が、秩父連峰に沈んでいく。
その夕日を受けた赤とんぼが群れをなして頭上を飛び交う。
東京では赤とんぼを見る機会は殆どなくなった。たまにこんなトンボを見るとうれしくなる。このトンボ、赤とんぼかどうかわからない。子どもの頃に見たアキアカネとはちょっと違うようだが、身体が赤かったので赤とんぼだろう。
ゆうやけこやけの あかとんぼ
おわれてみたのは いつのひか
抒情歌や、童謡・唱歌にはそんな幼い頃の郷愁を誘う歌がたくさんあり、この「赤とんぼ」も好きな歌の一つ。
この詩の「おわれてみたのは いつのひか」を、子供心に、ず~っと「追われて見たのは いつの日か」と思っていた。
でも意味がちょっと変、誰に追われているのだろ?
いたずらっ子に追われた赤とんぼ?それも変。
誰かに追いかけられながら見ている子どもがいるのかな?
子どもの頃、生意気で口ごたえが多く、可愛気のない僕は、親父にいつも怒られながら逃げ回っていた。
そんな可愛そうな子(僕のこと)が、親父に追いかけられて泣きながら赤とんぼを見て慰めている歌なのだろう。
大人になってこの詩が「負われて見たのは いつの日か」と知ったとき、驚きと共に、納得したものだ。
十五で嫁に行ったねえやに背負われて、その背(せな)で見た赤とんぼ。そんなねえやも郷(さと)からの便りが途絶え、今はどうしているだろう。
親父に追いかけられて、泣きながら見た赤とんぼと、どっちが叙情的だろうか。
2005.10.01
(田舎弁ですぅ~。ちょっと練習してから、使いますので)
歌詞を間違いなく子供、孫に残したいですね
まるでシャボン玉のよう!と写真におさめようとしたのですが失敗!
童謡ってけっこう間違った解釈(聞き違い)しますよね。
今では赤い花が5分咲きってとこかな^^
小さな蝶や赤とんぼが戯れてます。
萩って養分吸収旺盛です。
先住の万両が元気が無い。(◎_◎;)
何故育った田舎弁、練習するの?垢抜けて、すっかり都会人?
赤とんぼが追いかけてくるよ~。
★コスモスさん
トンボも水から孵っているから、水遊びに来るのですかね。
昔の歌、難しい歌詞が多いけど、意味もわからず歌っていましたね。後でこんな意味だったのかということよくありますね。
★coroさん
トンボが飛ぶ公園がそばにあるのは羨ましいです。動くものを写真に撮るのは難しいですね。
童謡って子どものための歌なのに、詩が難しいです、でもそれで感性が磨かれるのかもしれませんね。
★ほば^^さん
萩の花も秋らしくていいですね。そこにも赤とんぼいますか?
植物って、えこひいきするといじけるそうですよ。後から来た萩を大事にして、万両を粗末にしていませんか?
ある人が言っていました。
庭にあった二本の柿木、母屋のそばの柿木はいつも大事にしていた。庭の隅の柿木は、皆から忘れられて声も掛けられない。母屋の柿木は毎年たわわに実をつけるが、庭の隅の柿木はいじけて実もならない。或る日、母屋を改造するので傍の柿木を切った。すると庭の隅の柿木が、俄然元気を出して実をたくさん付けたという。
万両も大事にしてやってね。
は、私は「おぶって(おんぶ)」だと
思っていました
私は、いったい何歳ぐらいまでオンブされていたのかは、もう記憶にありません
万両の分まで餌を食っちゃってる状態。がはっ!
花が終わったら、別々にします。(。-_-)ノ
負われて見たのは・・・は「おんぶ」でいいんですよ。ねえやの背中におんぶされて見たのですよね。
僕、子どもの頃そういう意味だとは知らなかったのです。
今、おんぶされている子、見ませんね。
★ほば^^さん
萩と万両、一緒の鉢に植えたのですか?寄せ植えいうわけ。万両が萩に負けて、千両になったかな?
で、毎週火曜日になつかし~い童謡を歌っています。「赤とんぼ」光景がうかんできますよね・・・
私も埼玉県春日部市に7年ほどすごし、まわりは田んぼばかり、子供は「いなごとり」に夢中になったりしていっましたっけ・・・
高校生のときコーラス部でした。川越高校のコーラス部、埼玉では有名です。僕は駄目でしたけどね。
日本のいい歌、残して欲しいですね。