☆家人が落ち着いていた理由
昨日はずっとケータイがいつ鳴るかに怯えて過ごした。幸いにして、ただでさえめったに鳴らないぼくのケータイは、昨日もずっと沈黙したままだった。
むしろ、ぼくのほうから、朝、会社の最寄り駅に着いたところで家人に電話をしてシェラの様子を確認した。夕方は、出先の会議が終わったところでもう一度電話をしてこれから直帰するのとシェラを病院へ連れて行くので仕度をしておいてほしいと連絡していた。
午後7時に家に帰り着き、夕飯はあとまわしにして午後8時まで診療してくれるいきつけの動物病院へクルマを走らせた。
助手席の家人から夕方の散歩はいつもどおりだったという話を聞きながら、彼女に朝の様子をもう一度話して聞かせた。朝からずっと落ち着き払っていた家人が動揺した。
「ええ~~~っ、そんな深刻な状態だったの!?」
ぼくの「シェラが倒れた」という言葉を、彼女はシェラが転んだくらいにしか受け止めていなかったという。抱きかかえて戻ったシェラの呼吸はたしかに荒かったが、彼女の目にはすぐに鎮まったように見えたらしい。
「それだったら、朝、病院にいけばよかった」
もし、シェラの様子が彼女に正確に伝わっていたら、きっとぼくは会社へいかれなかったかもしれない。強引に会社へ出ていたら、かけつけてきたせがれは病院まで運転させられていたはずだ。
クルマが目的の動物病院へ近づく中、家人の言葉はたちまち悲観的な色合いに変わっていった。
☆まさかの結果
心電図検査、血液検査、レントゲン検査をやることになった。遅い時間にもかかわらずそれらをやってもらえるのがありがたかった。
検査に20分ほどかかったろうか。シェラが奥の診療検査室から出てきて、「結果が出るまで15分ほどかかります」ということでさらに待つことになった。時間は午後8時を過ぎている。
先生たちには申し訳ないが、これでシェラの倒れた原因が特定できれば、あとの対策も立てられる。恐縮しながら感謝していた。
結果はあっけないものだった。
心電図は、この検査の範囲内ではまったく異常なし。血液検査もほぼ正常。レントゲン検査でも、特に脳や心臓を圧迫したりしている腫瘍などは見当たらない。
ただ、喉にある腫瘍が大きくなっているので、これは今後観察しながら、適時、小さくするための薬の投与も考えることになった。
結局、倒れた原因は特定できなかったが、「てんかん」の可能性が残った。人間だと若いころに出やすいてんかんも、イヌは老犬によくみられるという。
「しばらく様子を見ましょう」というのが結論だった。
「もし、今度、倒れたら、その様子をケータイのムービーで撮影して見せてください。その状態から倒れる原因を推測できますから……」
つまりは、倒れても命に別条ない可能性が高いという意味であろう。
☆以前どおりの日常がうれしい
とりたてて薬もなく、そのままシェラを連れ、空き腹を抱えて家路をたどるわれわれの気持ちは安堵に満ちていた。朝から張りつめていた緊張が一気にほぐれていた。
家に独り置き去りにできないからとショップでもらった段ボール箱に入れて連れて行ったルイが後部席のシェラの横で激しく吠えてうるさかったが、喜びのあまりぜんぜん気にならなかった。
家に帰り着いて遅い夕飯となった。シェラの食欲は旺盛である。ご飯を少しやると、鼻の頭にご飯粒をつけてのぞいている(写真=上)。ぼくたちは心の底から笑うことができた。
まだ以前どおり日常がある。なんたる幸せだろう。新入りのチビ助(写真=下はシェラに怒られ、「遊んで」とぼくの足にに跳びつくルイ)に心を開こうとしないのも以前と同じだが……。
そして、今日も以前どおりのシェラである。
先ほど、家に帰り着いてすぐ、着替える前から「夜の排泄散歩」を催促され、着替えるやいなや連れ出された。朝の担当がぼく、夕方が家人、そして、夜が再びぼくという1日3回のシェラの散歩が定着しつつある。
今日もまた、いつもと変わらぬ日常がある。