☆変わらざるをえないシェラ
昨日から今日にかけてのシェラの変貌ぶりには目を瞠(みは)るものがある。ルイに対する素振りの変化である。
昨日、クルマの中で、ルイがまるで母犬に対するようにシェラにまとわりついたことで、シェラの中でも弾けたものがあったみたいだ。シェラに対したときのルイの傍若無人なまでの振る舞い方もよかったのだろう。シェラから拒絶されても臆することなく無防備でからんでいくことが、シェラを辟易させながら、すっかり「もうどうでもいいや」みたいな感覚を生じさせてしまったみたいである。
今日の散歩でも、シェラとルイの関係の大きな進歩を知ることができた。
ルイがリードに慣れたこと以上に、シェラがルイの存在に斟酌しなくなった。跳びつかれても怒らないでやらせている。むろん、いやいやながらではあろうけど……。そうやって15分ほど公園を散歩することができた。
公園に面してあるパン屋さんがやっているレストランのテラスでランチとなった。テラス席に落ち着いたと同時にルイがシェラの上に乗っかってしまい、それを見て思わず焦った。
以前、ぼくがふざけてむぎの両前肢をシェラの背中に乗せたら激怒されたことがある。あのむぎであってもシェラは許さなかったのである。新入りのチビ助のルイがやったらどれだけ怒るかわからない……と、咄嗟に思い、慌てたのである。
☆シェラ、疲れたよな
だが、ルイが乗っかってもシェラはまるで怒らず、やらせていた。最後はルイのしつこさに吠えて怒ってしまったが、数年前のむぎのときのような本気の怒りではなかった。これは驚きだった。
わんこにとって、身体の上に乗られるのは、自分が下位になったことを意味するという。ぼくがやらせたとはいえ、むぎを怒ったのもそんなわんこ意識のあらわれであろう。
ぼくがシェラに覆いかぶさるようにして乗ると、シェラが低く唸っていることがあるが、これはどうやら、怖いかららしく、怒りの拒否とはニュアンスが異なるようだ。
今日も夕方の散歩は出先で行った。むろん、ルイも一緒である。ルイが遊びを仕掛けるが、やっぱり大儀そうで安易に誘いには乗らない。そんな繰り返しの週末だった。
ぼくは無責任にもふたりの様子を眺めているだけでも楽しい。
シェラはさぞ疲れただろう。すでに爆睡している。年とってからの子育てはわんこにとってもなかなかにしんどいものがあるようだ。
これがシェラではなく、むぎだったらどうしただろうかと、ふと思う。戸惑い、どうしていいかわからずにパニックになってしまったかもしれない。
遺されたのがむぎじゃなくてよかった――家人とぼくは、クルマの中できょうもまたそんな話をしてむぎの死を肯定し、納得しようとした。
昨日から今日にかけてのシェラの変貌ぶりには目を瞠(みは)るものがある。ルイに対する素振りの変化である。
昨日、クルマの中で、ルイがまるで母犬に対するようにシェラにまとわりついたことで、シェラの中でも弾けたものがあったみたいだ。シェラに対したときのルイの傍若無人なまでの振る舞い方もよかったのだろう。シェラから拒絶されても臆することなく無防備でからんでいくことが、シェラを辟易させながら、すっかり「もうどうでもいいや」みたいな感覚を生じさせてしまったみたいである。
今日の散歩でも、シェラとルイの関係の大きな進歩を知ることができた。
ルイがリードに慣れたこと以上に、シェラがルイの存在に斟酌しなくなった。跳びつかれても怒らないでやらせている。むろん、いやいやながらではあろうけど……。そうやって15分ほど公園を散歩することができた。
公園に面してあるパン屋さんがやっているレストランのテラスでランチとなった。テラス席に落ち着いたと同時にルイがシェラの上に乗っかってしまい、それを見て思わず焦った。
以前、ぼくがふざけてむぎの両前肢をシェラの背中に乗せたら激怒されたことがある。あのむぎであってもシェラは許さなかったのである。新入りのチビ助のルイがやったらどれだけ怒るかわからない……と、咄嗟に思い、慌てたのである。
☆シェラ、疲れたよな
だが、ルイが乗っかってもシェラはまるで怒らず、やらせていた。最後はルイのしつこさに吠えて怒ってしまったが、数年前のむぎのときのような本気の怒りではなかった。これは驚きだった。
わんこにとって、身体の上に乗られるのは、自分が下位になったことを意味するという。ぼくがやらせたとはいえ、むぎを怒ったのもそんなわんこ意識のあらわれであろう。
ぼくがシェラに覆いかぶさるようにして乗ると、シェラが低く唸っていることがあるが、これはどうやら、怖いかららしく、怒りの拒否とはニュアンスが異なるようだ。
今日も夕方の散歩は出先で行った。むろん、ルイも一緒である。ルイが遊びを仕掛けるが、やっぱり大儀そうで安易に誘いには乗らない。そんな繰り返しの週末だった。
ぼくは無責任にもふたりの様子を眺めているだけでも楽しい。
シェラはさぞ疲れただろう。すでに爆睡している。年とってからの子育てはわんこにとってもなかなかにしんどいものがあるようだ。
これがシェラではなく、むぎだったらどうしただろうかと、ふと思う。戸惑い、どうしていいかわからずにパニックになってしまったかもしれない。
遺されたのがむぎじゃなくてよかった――家人とぼくは、クルマの中できょうもまたそんな話をしてむぎの死を肯定し、納得しようとした。