大晦日。
毎年、一応おせちらしきものを作っている。
まあ、元旦からの酒のあてでもある。
台所で忙しく立ち居振る舞う割烹着姿は年の瀬の風物詩。
鍋から立ちのぼる湯気。
大晦日はてんてこ舞いだった。
昔はたっぷり作っていた。
何しろ三が日は店が休み。
おせちは保存食でもあった。
だから、2日目には飽きてくる。
昔、「おせちも良いけどカレーもね」と言うCMが話題になったが、カレーやラーメンはおせちに飽きた胃袋の救世主だった。
今では元旦から開けるのが店の常識。
働き方改革やら人手不足やらで開けるの開けないのと話題になるくらい。
どこもかしこも平常運転では正月気分も薄れようと言うもの。
おせちも作らない家庭が増えているらしい。
懐古趣味と笑わば笑え。
今夜はきっちり年越し蕎麦を食べて、元旦には雑煮を食べる。
真っ当な正月を迎えてやるのだ。
大晦日の夜。
遠くから聞こえてくる除夜の鐘は中々良いもんだと思っている。
ところが昨今、うるさいとクレームが寄せられ、止めるところが増えてきているらしい。
何とも無粋な話である。
確かに寺の近くの人にしてみればうるさいのだろう。
だが、今に始まった事ではない。
そもそも大抵の場合、寺の方が先にあるし、日本人なら大晦日に除夜の鐘はつきものと分かっているはず。
寺の近くに居を構えるなら、文句を言うなと言いたい。
若者にしか聞こえないモスキート音のように、年齢によって聞こえたり聞こえなかったりする音がある。
日本人には風雅に聞こえる虫の声が外国人には雑音でしかないとも聞く。
同じ音でも風情を感じるか騒音と感じるかは人それぞれなのかもしれない。
だとしたら、やはり多数をもって判断するしかない。
除夜の鐘をうるさいと思う人は、恐らく少数派。
ノイジーマイノリティーに屈する傾向はあまり宜しくない。
年の瀬。
スーパーに買い物に行くと正月モードになっていた。
さて今年はどうしよう。
おせちである。
いつも軽くつくる。
飽きぬように余らぬように。
ちょっとだけ、正月気分を味わうために。
取り敢えず煮物の食材を買った。
蒲鉾も買った。
今日はこれくらいで。
さて今年はどうしよう。
年賀状である。
一応、ちょっと買ってある。
写真も決めた。
だがまだ印刷していない。
さて。