大相撲の「女人禁制」を、憲法違反だとか男女同権だとかいうレベルで論じることが好きではない。
そんな大袈裟なことか、と思う。
議論の発端となった舞鶴での一件は別の話。
あれは特別な事例。
若い行司が観客のあおりを受けて間違った対応をしてしまったということで、同じ事はもう起きない。
それと大相撲の「しきたり・ならわし」としての「女人禁制」は全く別(敢えて「しきたり・ならわし」としたのは「伝統」と言うほど立派なものとは思えないから)。
それを「憲法違反」などという「正論」を持ち出して変えようとするのはほとんど「暴力」に見える。
宝塚市の中川智子市長が、相撲協会に「女人禁制を見直す議論を始めるよう」要望したという。
先日の巡業でもことさらに問題視し、さも人権派の如き「パフォーマンス」を見せていたが、今度も全く一緒。
パフォーマンス色が強くて好きではない。
大きなお世話。
最近、都会では女性専用車両にわざわざ乗り込んで「男女同権」「差別」と開き直る輩が出没しているが、同じように見える。
女性専用車両も法律ではないが、運営会社が決めた「ルール」。
敢えて正論を振りかざし、是非を世に問うほどの事ではない。
大相撲の女人禁制がいつどういう事情で始まったのかは知らない。
バカバカしいとは思う。
でもあっても良いとも思う。
2つの巨体が正面からぶつかり合う。
時には頭と頭で。
激しく頬を張ることもある。
飛び散る汗。
額が割れることもある。
そんな土俵から女性を「女なんぞ出る幕じゃねえ!」と押し出したのが相撲における「女人禁制」だというのがボクの解釈。
だとしたら、巡業相撲などで「女人禁制」を持ち出すのはナンセンス。
あんなものエンターテインメントなんだから。
本場所の15日間は、真剣勝負の力士たちがケガしないよう「土俵の神様が嫉妬する」でも「血が血を呼ぶ」でも、屁理屈だとしても「願掛け」て「女人禁制」にするのは容認できる。
でも闘い終えた千秋楽でなら、女性の知事が土俵に上がったって良い。
出自の怪しい女人禁制を拡大解釈し、いつでもどこでも女性を(女子まで)排除するのはバカげている。
ちょんまげした半裸のデブたちがふんどし締めて闘う。
そんな珍奇な世界でのしきたりが現代の物差しに合わなくとも不思議はない。
はっきり「女は乗れない」と言ってる土俵とは根本的に違う。
鉄道営業法第34条2号で「女子のために設けた車室等に入るのはダメだから、入ったらカネ取るぞ」という法律が定められてるにもかかわらず、鉄道会社は「その法律に当たる車両じゃない」と言っちゃうくらい、女性専用車両が女性専用という「ルールを否定」してるんだけど知らないのかい。
さらに、乗客が有効な乗車券を買えば、運送約款に基づいた契約を結んだことになるわけだが、運送約款に女性専用車両に係る条項などなく、それをルールとした契約を結ばせてもいない。であれば鉄道営業法という立派な「ルール」に基づき、有効な乗車券を持つ乗客の乗車を拒否することは出来ない。
女性専用車両に乗る男らは、その上鉄道会社に男は乗れるのか乗れないのかはっきり問い質し、「乗れる」と答えをもらった上で乗ってるんだよ。
誰なんですか?女性専用車両を運営者の決めた「ルール」だなどと虚言をバラまいてるのは。だまされないようにちゃんと勉強しなきゃダメだよ?
そんな「正論」振りかざすほどの場面ではないってこと。
分かってないね。