11月20日(火)鹿児島は晴天に恵まれ、まだ秋が続いています。
いちき串木野市羽島を経由、薩摩川内市の天狗鼻海軍望楼台を訪ねました。
入口にある案内板 以下の画像は11月20日撮影
案内板の記述は次の通りです。
薩摩川内市指定文化財 天狗鼻海軍望楼台(てんぐばなかいぐんぼうろうだい) 昭和60年3月27日指定
ここ天狗鼻は、北は天草、南は野間岬、西は甑島が望める見晴らしの良い場所で、江戸時代にも見張り台が置かれていたと言われています。
明治28年(1895)の日清戦争終了後に日本海軍は国内の要所に沿岸防備のために望楼台を設けました。ここ天狗鼻に設置されたのもそのひとつで 日露戦争時には海軍兵が常駐し、ロシアのバルチック艦隊の北上を監視していました。
鹿児島県内にはここ天狗鼻(常設)、下甑島の釣掛崎(仮設)、佐多岬(常設)の3か所設置され、現存するのはこの天狗鼻のみです。また、国内で現存するのは、北海道宗谷岬の大岬旧海軍望楼台とここ天狗鼻海軍望楼台の2か所のみです。
天狗鼻海軍望楼台の概要
竣 工 明治33年(1900)3月30日
運用開始 明治33年(1900)8月20日
業務廃止 明治38年10月19日 日露戦争終結による
種 別 常設海軍望楼台(佐世保鎮守府所属)
設 備 無線通信(艦船との交信設備)
任 務 海上監視、通信、気象観測
配置人員 望楼手ほか計4人(戦時中、適宜増員)
平成22年2月 薩摩川内市教育委員会
ここから薄暗い山道を500m歩く 南側から撮影
県道43号川内串木野線から左折、海側へ2kmほど狭い道を走るとこの案内板があります。ここだけ見るときれいな道路ですが前回訪れた時よりも道が荒れており、軽トラックを利用した方が良いような状態でした。車体を枯枝や草がこすり、車の底に石が当たります。斜面からの落石で道が狭くなり走れる幅が狭いところもあり、車を少しでも傷つけたくない人には無理な道です。
川内川の河口南側に位置する天狗鼻
行きは南側の串木野羽島から左折で入り、帰りは北側に走りました。北側の方が落石が多く道は走りにくい状態でした。おそらく釣人がたまに通る程度でしょう。離合できる場所はほとんど見当たらず、クラクションを鳴らしながら慎重に進みます。県道から歩いていくには遠いし、誰にでもおススメできる場所ではありません。台風や大雨後は倒木、落石で通行できないと思われます。
望楼までの歩道には岩や木の根が多い
前回訪れた時よりも道が判りやすくなり、岩や木の根に赤いペンキで目印が付けられ一部にはロープも張ってありました。山道の勾配はわずかですが,周囲の木が茂り薄暗いので足元には注意が必要です。
思ったよりも小規模な建物
案内板の建物図
南側の展望 小さな島は羽島の沖ノ島
西側の甑島は見えず
PM2.5の影響でしょうか甑島は右奥に輪郭がかすかに判る程度で、画像には写っていません。
南側から見た望楼
望楼の隙間から目立たないよう海を監視していたのでしょうか。100年以上も前の建物ですがコンクリート、レンガが今もしっかり残っています。
営舎跡地と思われる場所
望楼から少し東側に山林斜面を切り開いたような狭い平坦地があります。明治の日本にとってロシアは最大の脅威。人里離れたこの場所に詰めて警戒に当たっていた先人の苦労がしのばれます。
南方系と思われるような木が地表にもたくましく根を張り出し、今もこの地をしっかり見守っているように感じられました。
崖の上に息づく秋グミ
斜面に咲き誇るツワブキ
急斜面にツワブキが花盛りでした。ツワブキを励ますように木漏れ日が届いていました。
いちき串木野市羽島を経由、薩摩川内市の天狗鼻海軍望楼台を訪ねました。
入口にある案内板 以下の画像は11月20日撮影
案内板の記述は次の通りです。
薩摩川内市指定文化財 天狗鼻海軍望楼台(てんぐばなかいぐんぼうろうだい) 昭和60年3月27日指定
ここ天狗鼻は、北は天草、南は野間岬、西は甑島が望める見晴らしの良い場所で、江戸時代にも見張り台が置かれていたと言われています。
明治28年(1895)の日清戦争終了後に日本海軍は国内の要所に沿岸防備のために望楼台を設けました。ここ天狗鼻に設置されたのもそのひとつで 日露戦争時には海軍兵が常駐し、ロシアのバルチック艦隊の北上を監視していました。
鹿児島県内にはここ天狗鼻(常設)、下甑島の釣掛崎(仮設)、佐多岬(常設)の3か所設置され、現存するのはこの天狗鼻のみです。また、国内で現存するのは、北海道宗谷岬の大岬旧海軍望楼台とここ天狗鼻海軍望楼台の2か所のみです。
天狗鼻海軍望楼台の概要
竣 工 明治33年(1900)3月30日
運用開始 明治33年(1900)8月20日
業務廃止 明治38年10月19日 日露戦争終結による
種 別 常設海軍望楼台(佐世保鎮守府所属)
設 備 無線通信(艦船との交信設備)
任 務 海上監視、通信、気象観測
配置人員 望楼手ほか計4人(戦時中、適宜増員)
平成22年2月 薩摩川内市教育委員会
ここから薄暗い山道を500m歩く 南側から撮影
県道43号川内串木野線から左折、海側へ2kmほど狭い道を走るとこの案内板があります。ここだけ見るときれいな道路ですが前回訪れた時よりも道が荒れており、軽トラックを利用した方が良いような状態でした。車体を枯枝や草がこすり、車の底に石が当たります。斜面からの落石で道が狭くなり走れる幅が狭いところもあり、車を少しでも傷つけたくない人には無理な道です。
川内川の河口南側に位置する天狗鼻
行きは南側の串木野羽島から左折で入り、帰りは北側に走りました。北側の方が落石が多く道は走りにくい状態でした。おそらく釣人がたまに通る程度でしょう。離合できる場所はほとんど見当たらず、クラクションを鳴らしながら慎重に進みます。県道から歩いていくには遠いし、誰にでもおススメできる場所ではありません。台風や大雨後は倒木、落石で通行できないと思われます。
望楼までの歩道には岩や木の根が多い
前回訪れた時よりも道が判りやすくなり、岩や木の根に赤いペンキで目印が付けられ一部にはロープも張ってありました。山道の勾配はわずかですが,周囲の木が茂り薄暗いので足元には注意が必要です。
思ったよりも小規模な建物
案内板の建物図
南側の展望 小さな島は羽島の沖ノ島
西側の甑島は見えず
PM2.5の影響でしょうか甑島は右奥に輪郭がかすかに判る程度で、画像には写っていません。
南側から見た望楼
望楼の隙間から目立たないよう海を監視していたのでしょうか。100年以上も前の建物ですがコンクリート、レンガが今もしっかり残っています。
営舎跡地と思われる場所
望楼から少し東側に山林斜面を切り開いたような狭い平坦地があります。明治の日本にとってロシアは最大の脅威。人里離れたこの場所に詰めて警戒に当たっていた先人の苦労がしのばれます。
南方系と思われるような木が地表にもたくましく根を張り出し、今もこの地をしっかり見守っているように感じられました。
崖の上に息づく秋グミ
斜面に咲き誇るツワブキ
急斜面にツワブキが花盛りでした。ツワブキを励ますように木漏れ日が届いていました。