毎年10月19日に南九州市川辺町勝目地区の竹屋神社に奉納される太鼓踊りです。今年は中山田保存会が奉納しました。
詳細について鹿児島県のホームページを引用します。
勝目地区の太鼓踊りは,上山田・中山田・下山田(西・東)の3地区4団体で構成されています。4年に1度交代で,竹屋神社の豊祭(ホゼマツイ)に奉納されるため,「ホゼオドイ」とも言われます。勝目地区の太鼓踊りは,慶長年間の朝鮮出兵に従軍した際に,それぞれ「出陣」(上山田),「凱旋」(中山田),「帰陣」(下山田2団体)の様子を踊ったと伝えられています。
「中入り」(鉦と小太鼓)という花笠と振袖を着用した4人を中心に,脇太鼓(ワッデコ)が囲むようにして踊られます。脇太鼓は,浴衣に博多帯,サラシの鉢巻で,上山田と下山田では背中に武具(ナギナタ)を背負います。中山田は,凱旋の踊りのため,武具を背負っていません。また,下山田の武具は激戦のため刃こぼれした様子を表現しています。踊りの隊形も4団体とも若干異なっていますが,3集落で1組の踊りとなっています。
現在上山田太鼓踊りが県指定文化財に,他の3団体は町指定文化財に指定されています。(引用終わり)
4団体の中では上山田地区の「出陣」の踊りが一番動きが激しくて勇壮な感じです。中山田地区も上山田地区と同様にワラを振りながら踊るワラフリが踊り子を先導します。
腰をかがめた低い姿勢で踊りますので体にはかなり負担がありそうです。踊り子は全て男性で、少年から壮年まで集落を挙げての奉納でしょう。中入りはきれいな着物姿の少年たちです。
奉納を終えて境内を後にする様子です。中入りの後ろには脇太鼓が続きます。
8時過ぎからの奉納は30分ほどで終わり、一行はトラック4台に分乗して次の会場へ向っていきました。
今年は土曜日の開催で例年よりも観客が多く賑わいました。薄曇で撮影には好条件でした。このあと夕方まで地区内を巡回して踊りが披露されます。
詳細について鹿児島県のホームページを引用します。
勝目地区の太鼓踊りは,上山田・中山田・下山田(西・東)の3地区4団体で構成されています。4年に1度交代で,竹屋神社の豊祭(ホゼマツイ)に奉納されるため,「ホゼオドイ」とも言われます。勝目地区の太鼓踊りは,慶長年間の朝鮮出兵に従軍した際に,それぞれ「出陣」(上山田),「凱旋」(中山田),「帰陣」(下山田2団体)の様子を踊ったと伝えられています。
「中入り」(鉦と小太鼓)という花笠と振袖を着用した4人を中心に,脇太鼓(ワッデコ)が囲むようにして踊られます。脇太鼓は,浴衣に博多帯,サラシの鉢巻で,上山田と下山田では背中に武具(ナギナタ)を背負います。中山田は,凱旋の踊りのため,武具を背負っていません。また,下山田の武具は激戦のため刃こぼれした様子を表現しています。踊りの隊形も4団体とも若干異なっていますが,3集落で1組の踊りとなっています。
現在上山田太鼓踊りが県指定文化財に,他の3団体は町指定文化財に指定されています。(引用終わり)
4団体の中では上山田地区の「出陣」の踊りが一番動きが激しくて勇壮な感じです。中山田地区も上山田地区と同様にワラを振りながら踊るワラフリが踊り子を先導します。
腰をかがめた低い姿勢で踊りますので体にはかなり負担がありそうです。踊り子は全て男性で、少年から壮年まで集落を挙げての奉納でしょう。中入りはきれいな着物姿の少年たちです。
奉納を終えて境内を後にする様子です。中入りの後ろには脇太鼓が続きます。
8時過ぎからの奉納は30分ほどで終わり、一行はトラック4台に分乗して次の会場へ向っていきました。
今年は土曜日の開催で例年よりも観客が多く賑わいました。薄曇で撮影には好条件でした。このあと夕方まで地区内を巡回して踊りが披露されます。
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