ジラースーは概ね週に一回、週末にユクレー島へやってくる。島の人々が必要としている物資を搬入し、島の産物を搬出するためである。船から荷を卸したり積んだりは、概ねジラースーとガジ丸がやっているが、たいてい村の代表である勝さん、新さん、太郎さんの三人もそこに立ち会っていて、多少の手伝いをしている。
で、荷物の積卸しが済むと、たいていは5人で一緒にユクレー屋にやってくる。で、その日もまた5人でユクレー屋にやってきた。ジラースーと勝さん、新さん、太郎さんの4人は奥のテーブルへ行き、そこにウフオバーが加わって、ジラースーが娑婆の世界の近況を語り、他の4人がユクレー島の近況を語るということになる。
ガジ丸もたまにはそのテーブルに加わることもあるが、多くはすぐに我々(私とケダマンとマナ)のいるカウンターに腰掛ける。元々ほとんど変化の無い日常を送っている我々には、何時間も語るほどの近況はない。元々口数の少ないガジ丸からあれこれ異世界の話が聞けるということもあまりない。なので、たいていはケダマンのバカ話で多くの時を過ごす。近頃は、マナとジラースーの仲がどうなるかという話題で盛り上がったりするが、ガジ丸もそのことは知っているのだが、ジラースーがいる時にはそういう話はできない。爺さんと呼んでもいい年齢なのにも係わらず、ジラースーは照れ屋なので、そういう類の話は嫌いみたいなのである。席が離れていても嫌がる。
そういったわけで、マナとジラースーの仲がどうなるかという話題を、ジラースーが店にいるときには我々も遠慮しているのだが、ジラースーが近くにいるというだけでマナには変化がある。嬉しそうなのである。素直に喜びを表現するのである。そういった意味では、ジラースーよりマナの方が肝が据わっていると言ってもいい。
しばらくして、ジラースーが我々のいるカウンター席に加わる。マナの顔がだらしなく緩み、恋する女の顔になり、明らかに我々に対するより上級の接待をジラースーに対して行う。ジラースーはしかし、それに気付かないふりをして、平静を装う。マナの過剰とも思える親切に対して、「ちと煩ぇな」といった表情を時々見せたりもする。
「ねえ、ジラースーにも師匠がいるの?」とマナ。
「あー、いるよ。」根が誠実であるジラースーは、質問に対してはきっちり答える。
「え、どんな人?今でも生きてるの?」
「うーん、まあ、人っていうか、仙人だな。仙人だからなかなか死なないんだな。今でもどこかの山奥で暮らしているはずだ。」
「何て名前?」
「ひょうたん先生とか、ひょうたん師匠とか呼ばれているよ。」
「ジラースーの先生だから、やっぱり強いの?」
「強いっていうか、まあ、次元が違うな。師匠に何度か組手稽古をしてもらったことがあるが、本気になられると5分と持たなかったな。」
「え?ジラースーが5分でノックアウトされるの?」
「いや、師匠は相手を傷つけることはしない。ただ、組手で触れ合う内にこっちの体がヘトヘトになってしまうんだ。腰が立たないほどに。」
「相手の気を吸い取っているんだね。」
「いや、俺の気は体から抜け出て、風に流されるだけだ。先生が吸い取っているわけじゃない。空と大地の気は美味いが、人間の気は不味いんだとさ。」
そんな二人の会話を私とケダマンも傍で聞いていたが、手足が短くて、顔が大きくて、ちょっと小太りだとか、変な顔をしているとか、ひょうたん師匠の話はその後もしばらく続いた。で、その翌日、夕方になっていつものようにゑんちゅ小僧と飲んでいると、
「ひょうたん先生って面白そうだね、会ってみたいな。」とマナが突然言う。
「おー、ジラースーの師匠なら強いだろうしな。興味あるよな。」
「ケダは会ったことないの?」
「名前は知っていたが、会ったことは無いな。ジラースーが話していた通り、山奥でひっそりと仙人のような生活をしてるんだ。会ったことのある奴はごく少ないんだろう。ゑんちゅ小僧だって1、2回しか会っていないはずだぜ。なあ?」
「うん、だいぶ昔、ジラースーに稽古をつけるためにと、ヤンバルの山にしばらく住んでいたことがある。その時、2、3度会ったことがあるよ。でも、その後は、ヤンバルを離れて、あちこちの高い山々を巡り歩いて、山奥深くをその時々の住処にしているみたいなんだ。なもんで、それ以来会ったことは無いよ。」
「険しい山だから、そう簡単には行けないってジラースーが言ってたね。」
「うん、あれだろ、俺たちマジムンは別として、普通の人間ならそれなりの装備をしなけりゃ登れないような所だろ。装備だけじゃなく、登山の訓練も必要だろ。」
というわけで、マナがとても興味を持ったひょうたん先生ではあるが、その変な顔を拝みに行くのは難しかろうという結論となった。その変な顔、私は知っているが・・・。
記:ゑんちゅ小僧 2007.7.13