マナとジラースーの仲がどうなるかに興味がいって、ここしばらく、シバイサー博士のことをすっかり忘れていた。ユクレー屋に行くのは、博士は主に平日、私は主に週末なので、そこで会うことは滅多に無い。よって、この間、私は博士に会っていない。今どんな発明をしているのか、ふと気になって、先日、久々に博士の研究所を訪ねた。
研究所へは一本道、木立を抜けると約50m前から研究所が見える。その日、私はとても珍しい光景を見た。あの、シバイサー博士が建物の周りを走っているのだ。博士とは何十年という長い付き合いだが、博士が走っている、のを私は初めて見た。
博士は建物の周りを回っている。私が建物の敷地内に入った時、博士は玄関前を通り過ぎたところ。それは、私が50m歩いてきた間で2度目の後姿であった。建物1周は5、60m位なので、博士は、私が歩くのと同じ程度の速さで走っているわけだ。
博士が走っている理由は判った。博士の少し前を何か小さな子供らしきものが走っていて、博士はどうも、それを追いかけているみたいであった。しばらく待っていると、何か小さな子供らしきものが右手から現れた。スカートを履いているので女の子のようであったが、顔は、人間の顔とはちょっと違う。彼女は、私に気付いて立ち止まった。
「やあ、こんにちわ。」と私は彼女に声をかけた。彼女は全く怖がる様子も無く、私に近付いてきた。顔はサル、またはゴリラに近いが、人間に見えないことも無い。
「だれ?博士の友達?」と訊く。言葉もちゃんとしゃべれる。
「うん、そう。ゑんちゅ小僧っていうんだ。君の名前は?」
「私はゴリコ。」
「そうか、ゴリコちゃんっていうんだ。よろしくね。ところで、君も博士の友達なの?一緒に遊んでいたように見えたけど。」
「うん、遊んでいたよ。追いかけっこしていた。博士、トロイんだよ。」
「うーん、トロイか。そうだね。博士は走るのに慣れていないからね。」
などと話している内に、博士が姿を見せた。走っているのか歩いているのか判らないような動作で、のたのたとこっちに近付いてくる。私に気付く。
「やー、君か。久しぶりだな。」動作はのたのただが、息は切らしていない。博士もマジムン(魔物)なのである。体はそのようにできている。
「博士、何だか楽しそうですね。童心に返って鬼ごっこですか?」
「楽しい?・・・楽しかぁないよ。遊び相手をしているだけだ。子供は遊んで成長するんだ。だから。大人は遊び相手をする義務があるんだ。」
「なるほど、確かに。ところで、この子、初めて見ますが、どこの子なんです?」
「あー、他所の星の子だ。2、3週間前にガジ丸が連れて来た。」
博士がガジ丸から聞いたところによると、その星の進化は、ゴリラのような外見の動物が知的生命体となって、発展した。彼らは元より好戦的で、よって、その星は争いの絶えない星であった。ガジ丸が立ち寄った頃、とうとう自分たち自身を絶滅させかねない大戦争となったらしい。たまたまそこで、ガジ丸はゴリコと知り合って、仲良くなって、彼女が天涯孤独であることを知って、で、地球に連れて来たとのことである。
「で、毎日、子供の遊び相手をしてるってわけですか。大変ですね。」
「うん、まあ、しかし、チシャやユーナが子供のときも、私は彼らの遊び相手をしていたからな。全く慣れていないわけでもないんだ。気疲れはするがな。いやいや、それよりもな。この子のお陰で発明のアイデアが浮かんだんだ。」
「ほう、それは良かったですね。で、どんなアイデアなんです?」
「君は、ゴリエって知ってるか?」
「ゴリエって、沖縄出身の漫才師がやっていたキャラクターのゴリエですか?」
「そう、それ。面白いキャラクターだったが、いつの間にか消えたな。」
「はい、いつの間にか消えましたね、残念ながら。で、そのゴリエが?」
「あー、そのゴリエにだな、子供ができた。ゴリエの子供だからゴリコって名前だ。安易だが。ゴリエは、アフリカに住むマウンテンゴリラのボスと結婚した。できた子供がゴリコってわけだ。実際はそうでは無いが、そういうことにしておく。」
「はい、そういうことにしておきましょう。で?」
「で、ゴリコは、体はゴリラの血を引き大きく、強く、頭は人間の血を引き、とても賢い。そんで、ゴリコの名前を付けたお菓子を販売するのだ。たとえば、ゴリコキャラメルなんてのを作る。ゴリコキャラメルは一粒で1キロメートル飛べるほど元気の出るお菓子として売り出す。どうだ、良いアイデアとは思わんか?」
「博士、お言葉ですが、ゴリコキャラメルって、それってきっと、著作権法違反になると思いますよ。中国の偽ブランドみたいですよ。」
博士は一瞬キョトンという顔をしたが、また、すぐに話を続ける。
「ゴリコは人間の子供に比べとても大きい。マウンテンゴリラの子供だから当然大きいのだが、その中でも、まるで突然変異したかのように大きい。そのゴリコの名前をつけたお菓子も、彼女に合わせて当然大きくなるのだ。たとえば、オッキーという名前の菓子は細長い棒の形をしたクッキーであるが、それは長さ50センチほどもある。とても大きなクッキーなのでオッキーという名前だ。ゴリコのオッキーだ。」
「博士!」と私は博士の目を覚ますようにちょっと大きな声を出す。「博士!それって著作権法違反になると思いますよ。グリコのポッキーの偽物ですよ。」
博士は再びキョトンという顔をしたが、今度は、私の言っていることがちゃんと耳に届き、理解できたらしい。しばらく沈黙した後、
「グリコのポッキーね、そういえば、そんなのあったな。」と呟いた。
というわけで、博士の久々の発明アイデア、ゴリコのオッキーは日の目を見ることは無かった。お菓子はそうだが、生身のゴリコは以降、ユクレー島の仲間となる。
記:ゑんちゅ小僧 2007.7.20