マナとユーナがカウンターの向こうにいて、ウフオバーが台所にいて、ケダマンがカウンターに座っている。今日もいつものユクレー屋だが、私は一週間ぶり。
「先週末から顔見なかったけど、どこ行ってたの?」(マナ)
「うん、里帰り。」(私)
「里帰りって、オキナワだろ?」(ケダ)
「あっ、そうか、マジムンになる前は普通のネズミだったんだよね。」(ユーナ)
「じゃあ、前に住んでいた家に行ったんだ?」(マナ)
「うん、その家の婆さんが亡くなったんでね。手を合わせに行った。」(私)
「ふーん、律儀なんだね。」(マナ)
「世話になったからね。昔の話だけど。」(私)
「昔って、どれくらい?」(ユーナ)
「80年くらい前さ、初めて会ったのは。その家に嫁に来たんだよ。18か19歳だったと思うな。とても可愛い人だったよ。今でもはっきり覚えているよ。」(私)
「ネズミだった時の記憶も残っているんだ?」(ユーナ)
「マジムンになってからその頃のことを思い出せるようになったんだ。その家で私は生まれてね、そこで長く暮らしてね、長生きしてね、マジムンになったんだ。」(私)
「でもさ、普通のネズミだったんでしょ、最初の何年かは。若い女の人だと家にネズミがいたら嫌がるでしょ?追い出されなかったの?」(マナ)
「いや、姿を見られることはほとんど無かったと思うよ。こっちはちょくちょく見ていたけどね。ただ、私の子供や孫たちが天井裏で音を立てていたから、ネズミがいるってことは知っていただろうね。でも、知らん振りしていたよ。」(私)
「あっ、やっぱり、ネズミって、屋根裏にいるんだ?」(ユーナ)
「まあね、棲家はだいたいそうなるね。」(私)
「天井裏で大人しくしていてさ、その女の人とはほとんど接点が無かったんでしょ?いったいどんな世話になったの?」(マナ)
ということで、その頃のことを少し詳しく話した。
私が普通の3倍位生きていて、そろそろ死にかけて動けなくなっていた頃、その女の人は3人の子供のお母さんになっていた。そしてその頃は、戦争の時代となっていた。
彼女の亭主は出征していて、義父は既に亡くなっていて、その家には義母と彼女と子供達だけが残されていた。いよいよオキナワが戦場になりそうだということになって、3人の子供は九州へ疎開し、その数日後には義母と彼女もまた、ヤンバルの知人を頼って疎開することになった。立派な造りの古い家が、住人のいない家となった。
家を離れる日、彼女は天井裏に1個の芋を置いていった。その頃既に物資は不足していて、食料を入手するのも困難となっていた。それなのに、自分達の食料となる貴重な芋を置いていった。そして、「留守の間、家を守ってください。」と手を合わせた。
彼女はどうやら私に気付いていたようだ。天井裏に普通じゃないネズミがいることに気付いていたようだ。そのネズミが動けなくなっていることに気付いていたようだ。
彼女の芋は私の命を数日間永らえさせた。でも、その辺りの記憶はとても曖昧なんだけど、その後すぐに私は死んだと思う。宇宙空間へ投げ出されたような景色があって、気がつくと、私は元の天井裏にいた。ただ、これまでとは意識は全く違うものだった。彼女の芋に何か不思議な力があったのだろう。私はマジムンとなっていた。
「以上が、彼女から受けた大きな世話さ。」(私)
「ふーん、そうなんだ。あんたがマジムンなのは彼女のお陰ってことね。」(マナ)
「たぶんね、そういうことだと思うよ。」(私)
「ところでよ、話は違うが、お前の子孫には会ってきたのか?ネズミは多産だろ?いったいどんだけの子孫がいるんだ?」(ケダ)
「どれくらいって、そんなの考えたことも無いよ。そもそもどのネズミが私の子孫か?なんてのも判らないよ。みんなおんなじ顔してるしさ。」
「おんなじ顔って、じゃあ、ネズミには仲間意識ってのは無いの?」(ユーナ)
「仲間意識ってのは小さい内の我が子くらいかな。大人になったら子供も孫も見分けがつかないから皆一緒だな。だから、どこのどのネズミも同じくらい親しい仲間ってことになる。これをネズミの世界では、イチャリバチューデーって言うんだよ。」(私)
記:ゑんちゅ小僧 2008.8.1