午後、久しぶりにシバイサー博士の研究所を訪ねた。今日は盆のウークイ(送り)の日ということもあって、先週に引き続き、ユクレー屋で花火大会をする。そのお誘い。博士は熟睡中だったので、メモを残して、後はゴリコとガジポの遊び相手をする。
研究所裏の浜辺に出て、彼らと共に走り回る。一人と一匹は元気だ。白い砂浜の上、容赦なく照りつける灼熱の太陽の下でも疲れを知らない。まるで太陽の子だ。1時間ほど遊んで、私の体はたっぷりの汗で濡れていた。私の喉が「ビール、ビール、ビール。」と叫んでいる。もう限界、ということで、まだ遊び足りないって顔をしている一人と一匹にサヨナラする。「夕方、ユクレー屋においで、花火大会だ。」と言い残して。
で、夕方、いつものようにユクレー屋、早速、ジョッキを注文して、グビグビやる。
「プハーッ、旨い!」と思わず声が出る。
「何だ、ビールはいつものビールで、目の前はいつもの年増と生意気な小娘だぞ。今日が特別旨いってわけでも無かろうが。」とケダマン。
「いやー、浜辺でゴリコとガジポと遊んでね、今さら言うまでも無いんだけどね、南の島の真夏の太陽は激しく熱くてね、たっぷり汗をかいたのさ。」
「そういうわけか。まあ、そりゃあそうだな。どの銘柄のビールが旨いかなんてどーのこーの言うよりも先に、汗をかいた後のビールが一番旨いわな。」
と、これだけの会話の間に、ジョッキ1杯を飲み乾した。
「マナ、おかわり。」
「はいよ。体は衰えても、肝臓は衰えないんだね、あんたたち。」
「はい、」と、マナはおかわりのジョッキを私の前に置いて、
「ところでさ、ゑんちゅはユクレー島のお墓って知ってる?」と訊いてきた。
「ん?・・・何?・・・はかって?」
「さっきさあ、ユクレー島にもたった一つだけどお墓があるってウフオバーが言ってたんだけどさ、ゑんちゅはそのお墓のことを知ってるの?」
「あー、ユクレー島の墓ね、そりゃあ知ってるよ。って言うか、ケダマンも知っているはずだよ。なっ?」と言って、ケダマンの顔を見る。
「うん、そうだ、そういえば思い出した。確かに墓はあったな。しかし、あるってことは思い出したが、その墓の詳しいことを俺は聞いてないな。」
「それならウフオバーが詳しいはずだよ。って言っても、いないね、オバー。」
「オバーは、この島にもお墓はあるよー、って言った後、ウークイの準備があるからって、ずっと母屋に行ってるさあ、だから、話が聞けないままなのさ。」
「私もそれほど詳しくはないんだけどね。」と言いつつ、少し語った。
この島にもたった一つだが墓がある。ウフオバーが頼んで、シバイサー博士が作ったものだ。ユクレー屋の裏手の、山の中腹にひっそりとある。
ごく僅かな者を除いて、この島に永く住む人はいない。この島には病院が無いので、重い病気や大怪我をした人(滅多にいないが)は島から出て行く。永く住んでいる僅かな人もまた、死期が近付いたら島を出て行くことになる。マミナ先生、勝さん、新さん、太郎さんもいずれそうなる。ウフオバーだけが例外だ。彼女は不死身なのだ。ということでつまり、この島で死んだ人はいない。死んだ人がいないのに墓がある。
その墓には沖縄の墓らしく遺骨を納める空間はあるが、よって、遺骨は一つも入っていない。それじゃあ何のための墓なんだというと、行先を見失って彷徨っている魂が奉られているらしい。墓碑にはその通り、「たましいの墓」と書かれてある。
オバーの考え方はこうだ。深い悲しみを背負って生きている人は、運が良ければユクレー島に辿り着いて、心を慰める機会を得る。しかし、死んだ人の中にも深い悲しみを負った者はいる。彼らの救いになればと願っての「たましいの墓」ということである。
以上が、ユクレー島にたった一つだけある墓の概要。
「母屋に仏壇があるよね、だけど、仏壇にトートーメー(位牌)は一つも無いよね、つまりはさ、仏壇も誰と決まった人を奉ってるわけじゃ無いんだ。」と締めくくる。
「ふーん、そうか、彷徨っている魂のためなんだ。オバーはそんな魂を感じることができるんだね。だから、今日もお盆のご馳走を供えてるんだね。」
と、ユーナが感想を述べたところで、仲間が集まりだした。今日はいつものメンバーにシバイサー博士、ゴリコ、ガジポも加わる。ゴリコと仲良しのユーナが大いに喜ぶ。
で、その後は予想通りの、賑やかで楽しい花火大会となった。
記:ゑんちゅ小僧 2008.8.15