週末では無いが、夕方、ユクレー屋に顔を出した。カウンターにはいつものようにケダマンが座っていて、カウンターの向こうには美女が二人立っている。4人でしばらくユンタク(おしゃべり)する。しばらくしてガジ丸もやってきた。じつは、今日はガジ丸に呼ばれたのだ。「七夕だし、天の川観ながら花火でもやろうか。」とのこと。
「ドッカーンと賑やかに打ち上げ花火にしようぜ。」とケダマンは言っていたが、ガジ丸が持ってきたのは線香花火などの小さな手持ち花火だけ。
「お姉さん方、これに着替えな。」とガジ丸は言って、浴衣を二人に渡し、
「もうすぐマミナも浴衣姿でやってくるはずだ。」と続けた。
「わー、ありがとう。浴衣かぁ、風情あるねぇ。」(マナ)
「七夕気分が盛り上がるね。ありがとう。」(ユーナ)
で、二人が着替えて、勝さん、新さん、太郎さん、マミナも来て、着物姿のウフオバーも加わって、男共はいつもの格好で、皆で庭に出た。頭上には七夕の河が見えていた。庭にベンチを置いて、皆で線香花火を楽しむ。とても風流な夜となった。
「でもさ、線香花火も切ない感じだけど、織姫と彦星も何か切ないよね。愛し合っているのに会えないなんてね。」と、線香花火の残り火を見ながらユーナがしみじみ言う。
「切なさも恋の醍醐味さあ。」と、経験豊富なマナは幸せの余裕だ。
「切ない恋かぁ、それもいいかもしんない。でも、そういう経験もまったく無いんだよね私、はーーーーっ。」少女は溜息ついて、しみじみを続ける。
「切なさを楽しむにはまだ若すぎるわな。第一、相手もいないんじゃあ切なさを感じることもないわな。道は遠いぜユーナ。」と、いつも通りのケダマンの軽口。
「ハッ、ハッ、ハッ、道は遠いか、なるほどな。でもな、ユーナ、道があることはケダマンも認めてるじゃないか、遠い道でもよ、歩く道があれば、出会いもきっといっぱいあるさ、安心しな。」と、ガジ丸はいつもの通り、ユーナの味方だ。
「だよね。ありがとう、ガジ丸。」と、ユーナがニカっと笑う。
庭にいるのはちょっとだけのつもりだったが、真夏にしては涼しい風が吹いてきて、気持ちが良い。で、「もう少し、外で楽しもう」ということになる。テーブルを出し、酒や食い物を並べ、「今宵は星見酒だ」(ケダマン)となった。
そしてまた、しばらくユンタクが続く。
「良かったなユーナ、今年もまた、この島で七夕ができて。」(ガジ丸)
「うん、浴衣がいいね、花火もいいね、気分が盛り上がるよ。」(ユーナ)
「オメェよー、オキナワ暮らしが長くなって、心の余裕も失くしていねぇか?花火や浴衣ばかりじゃ無ぇぞ、今日の主役は他にあるぜ。ガジ丸が、この島で七夕ができて良かったなって言ったのは、その主役がきれいだからだぜ。」(ケダマン)
「主役って、七夕は織姫、彦星、笹の葉だっけ?」(マナ)
「頭上の河だよ。見上げてみな。」(ケダマン)
言われて、マナとユーナは一緒に空を見上げる。そして、一緒に声をあげた。
「わっ、・・・きれい。」と。天の川だ、この島には人工の灯がほとんど無いから、天の川もくっきりと見える。見慣れた私でも、きれいだと思う。
「オキナワだとこんなにくっきり天の川も見えないだろうよ。」(ガジ丸)
「そうだね、オキナワでは意識して夜空を見上げることも無かったさあ。バイトが終わるのは夜遅くてさ、たぶん、見てはいると思うんだけど、そういえば、天の川にはまったく気付かなかったさあ。うーん、やっぱり、島の夜空はきれいだね。」(ユーナ)
「天の川に舟を浮かべてデート、なんてのを想像するんだな、楽しい夢だろ?」と、ガジ丸は顔に似合わずロマンチックでもある。
その時、「ユーナ、こっちおいで。マナもおいで。」とウフオバーから声がかかった。オバーとマミナはゴザの上で、二人並んで寝っ転がっていた。
「立ったまま見上げていたら、首が痛くなるよ。こっちは楽だよ。」とマミナの声。
「あっ、いいなあ、行く。今行く。」とマナは言い、ユーナの腕を取る。
「うん、行く。ねっ、一緒に行こうよ、ガジ丸も。」と、ユーナはマナに引っ張られながら、ガジ丸の腕を掴む。ガジ丸は引っ張られながら、しかし、私やケダマンを掴むことなく二人に付いて行った。なので、私とケダマンは取り残された。
「切ないのー。」と、私と顔を見合わせて、ケダマンがしみじみ言った。
記:ゑんちゅ小僧 2008.8.8