週末の夕方のいつものユクレー屋、俺とゑんちゅ小僧が並んで座って、カウンターの向こうにマナがいる。もう臨月という大きなお腹を撫でながら、
「つくづく幸せを感じるさあ。」とマナが言う。
さっきまで村の女たちと賑やかにユンタク(おしゃべり)していて、子供を授かるという幸せをしみじみ感じたみたいである。
「オメェーよー、そんな緩んだ顔ばかりしていたら、そのうちバカになるぞ。」
「あんたこそバカじゃないの!子供を産むんだよ私は。大自然の法則に則ったことをやるんだよ。それが何でバカになるのさ。」
「うっ、そうか、それはそうだ。自然と調和した生き方は確かに正しい。・・・おっ、そうだ、それで思い出した。そういう話があったんだ。」
ということで、ケダマン見聞録その24、『ばかばかり』の始まり。
ある星の話だ。毎度同じようなことを言っているかもしれないが、その星もまた、環境は地球とほぼ同じ、地球と同じような知的生命体が住んでいる。
地球と同じく、文明が発達するにつれて人口増加、環境悪化など、その星も大きな問題を抱えていた。各国の政治家、官僚、科学者、有識者たちが集まって対策を練り、一部実行に移してみたのだが、なかなか良い結果を出せずにいた。
その星には、人類の未来を深く憂える秘密組織があった。そこには世界の政治や経済の有力者や、有能な科学者たちが参加し、その星のあるべき姿についてたびたび集まって会議を開き、その会議で決定された事項を秘密裏に実行していた。
表の社会の会議で問題にされている人口増加、環境悪化などもむろん彼らは議論した。それらについての対策は、表社会が提言しているものと彼らのものとの間には大きな開きがあった。彼らは諸々の原因となるものをある一点に絞り、それを排除すれば良いとの考えであった。諸悪の根源を抹消するということである。
「人口増加が生み出した悪がある。それは、バカな人間が増えたということだ。バカな人間は足るを知らず、環境悪化を自身の事として捉えることができない。」
「その通り、問題は単純だ。バカがこの世に悪を撒き散らしているのだ。よって、彼らを排除すればほとんどのことは片がつく。」
「諸悪の根源はバカな人間ということだな。」
「ふむ、確かに。ところで、どうやってバカと利巧を見分けるのだ?」
「バカ量りという機械を作る。バカかどうか量る機械だ。」
「ほう、で、その機械でバカと判断された人間はこの星から追放するわけだな。」
「そういうことだ。それによって、賢い人間だけの星となる。」
というような会議があって、その数年後には実際に機械を完成させ、企ては秘密裏に実行された。それからさらに数年が過ぎた。星の人口は十分の一になった。そして、そのほとんどが、彼らの求める脳力を満たしていた。お勉強のできる者が残ったのだ。これで問題は解決し、めでたしめでたし・・・となるはずであったが・・・。
当然のことながら、お勉強のできる者が大自然と対峙し、大自然と調和し、大自然と闘うといった生きる知恵までも身に付けているとは限らない。というわけで、その星の農業や漁業は著しく衰退した。たいへん困ったことになった。
「これではいかん。」と秘密組織は『ばか量り』を改良した。大自然と共に生きることのできる知恵を身に付けているかどうかも量れるようにした。その数日後、秘密結社は壊滅した。改良した量りで結社の人間を量ったところ、その全てが不合格となったのだ。人類の未来を操作しようとした秘密結社の人間はつまり、バカばかりだったのだ。
ちゃんちゃん・・・ということで、見聞録『ばかばかり』はお終い。場面はユクレー屋に戻る。黙って聞いていたマナは、話が終わってもずっと黙ったままで、何も言わずに台所へ去った。「駄洒落だよ、胎教に悪いねー」と小さく呟く声が聞こえた。
語り:ケダマン 2008.12.5