週末、いつものように村を一回りして、人々と挨拶を交わして、いつものように野山を散歩して、春の日差しと春の風を満喫する。そして夕方、いつものユクレー屋。
暖かくなるにつれて日も長くなっている。夕焼けまではまだ間があって、外は明るい。ヒンプンの門を入ると、寒がりのユイ姉が庭にいた。
「やあ、ユイ姉。」と声をかける。
「やあ、いらっしゃい。あったかいねー。」
「そうだね。春本番だね。」
「っていうか、今年はほとんど冬が無かったね。」
「あー、そういえば、ずっと暖かいね。春本番は一ヶ月以上も前からだ。ところで、何してるの?これからどこかへ出かけるの?」
「いいや、畑にちょっと、すぐ戻ってくるよ。中へ入ってて。」
ということで、中へ入る。カウンターにはいつものようにケダマンが座っている。何かボーっとしている。いつもボーっとしているが、いつもよりボーっとしている。その原因なのか結果なのか判らないが、不思議なことに酒を飲んでいない。
「やー、珍しいね、まだ飲んでないね、夕方だよもう。」
「おー、だよな。飲んでもいい時間だ。・・・が、しばしお預け。」
「お預けって、ユイ姉に『待て!』とでも言われたのか?」
「そんな、犬じゃあるまいし、と言いたいところだが、その通りだ。」
「何で、待たされてるんだ?」と言う私の問いには答えず、
「聞いたか?ユイ姉が明日帰るんだと、オキナワに。」と訊く。
「いや、ホント?まだ聞いてないけど。」
「まあ、そりゃぁ聞いてないだろうな。さっき決めたばっかりだ。」
「何だよそれ。」
「いや、でな、今日が最後だから、ゑんちゅ小僧が来るのを待って、三人でお別れの乾杯をしようってなってな。で、待たされている。」
「そうか、じゃあ、僕を待ってたんだ。それはお待たせでした。」
ユイ姉が戻ってきた。手に何か野菜のようなものを持っている。
「これから料理するの?」(私)
「ううん、肴はもう準備してあるよ。これは後で、もう一品用。」と、手に持っていたものを台所に置いて、3つのジョッキにビールを注いで、
「さて、先ずは乾杯。」とユイ姉が音頭をとり、一人と二匹で乾杯する。
「明日帰ることにしたんだってね。」
「うん、お世話になりましたの乾杯だね。」
「こちらこそお世話になりました、だよ。でも、急だね。」(私)
「ふと窓の外を見たらさ、木の枝にウグイスがいたのよ。それがホーホケキョって鳴いたのよ。あー、春なんだなぁって思ったら、家が恋しくなったのさ。」
「春はつがいの季節だからね。家だけじゃなく、人恋しくもなるよね。」
「うん、そうだね、この島もいいけど、街の喧騒とか人ごみとかが懐かしいね。あんたたちの相手もいいけど、友達や店のお客さんも懐かしいさあ。」
「ウグイスみたいに、自分のパートナーも欲しくなったんじゃないの?」(私)
「そうだねぇ、欲しくなったねぇ。」
「おー、そうか、ついに、ユイ姉の老いらくの恋が始まるか。」(ケダ)
「あんたねぇ、そんな歳じゃないよ私。」
「最近流行の言葉があっただろ?アラサーとかアラフォーとか、オメエ、その上だぜ、何て言うんだ、アラフィーとでも言うのか?」(ケダ)
「知らないよそんなの、ただ、50歳だってまだまだ十分女だよ。」
「そうだね、これから恋して、結婚なんてことも全然不思議じゃないね。それにユイ姉は若く見えるしね、40手前って感じだよ。相手はいくらでもいると思うよ。」(私)
「うん、そう。あんたは良いこと言う。さー、飲んで、食べて。」
ユイ姉の今日の肴は野菜のコンソメスープ煮、畑から採ったばかりの旬の野菜たち。つがいの季節は野菜の季節でもある。タマネギ、セロリなど、どれも美味しい。
「ユイ姉は料理も上手だしさ、奥さん稼業も楽にこなせると思うよ。」(私)
「だよね、奥さん向きだとは私も思うんだけどね。さー、もっと飲んで、食べて。」とユイ姉は言って席を立ち、さっき採ってきた野菜を料理しだした。
「ユイ姉に足りないのは色気だな。彼女を可愛いと思う男はいるかもしらんが、彼女を見て、体を熱く燃え上がらすような男は、そうはいないと思うぜ。」と、ケダマンが私に言う。それが、ちょうどできた料理を持ってきたユイ姉にも聞こえた。
「何言ってるのさ、体は燃えなくても心が繋がっていればいいのさ。それが真実の愛ってものさ。二人一緒にいることで日々の生活が楽しければいいのさ。」
「まあな、枯れたオジサンオバサンには枯れた魅力があるしな。精力を要するアツアツの恋は無用かもな。」とケダマンは言って、出されたばかりの料理を口にし、
「それに、美人は飽きるけど料理上手は飽きないって言うしな。美味い料理は肉体的欲望を凌駕するってことだな。うん、これも美味いよ、何だこれ?」
「お褒め頂いてアリガト。それはシマニンニクだよ。あれ?これ精力つくね。」
「おい、俺に精力付けさせたって、何もできねぇぞ。」
「バカ言って、あんたには何も期待してないよ。」
そんなこんなの話題があって、夜になってガジ丸一行もやってきて、さらに賑やかになって、ユイ姉が元の生活に戻って落ち着い頃、みんなで、オキナワのユイ姉の店を訪ねようということに話が決まって、ユイ姉との別れの夜は終わった。
記:ゑんちゅ小僧 2009.3.20