久々にシバイサー博士の研究所を訪ねた。新しい発明があるかどうかも気になるところだが、ケダマンまでもが島を離れるというニュースを知らせるため。
博士は在宅で、ほぼいつものことだが、お昼寝中。ゴリコに訊くと、そろそろ起きる頃だと言うので、庭でゴリコとガジポの遊び相手をしながら博士の目覚めを待った。
30分ほどで、博士が出てきた。昼寝の後は散歩する習慣だ。声をかける。
「博士、散歩ですか、お供します。」
「おー、君か、来ていたのか。」
海岸へ向かって歩きながら、話を切り出す。
「博士、ケダマンも旅に出るそうですよ。」
「あー、そうか。彼も今回は長くいたからな。で、いつ?」
「明日発つそうです。」
「それはまた急だな。そうか、ふむ。」と博士は少し考えて、
「そうだ、彼にピッタリのプレゼントがあるな。」
「プレゼント?博士の発明品ですか?」
「そうだ。何年か前に作ったものだが。」
「どういったものですか?」
「組立式の小屋だ。そうだ、ケダマン用に小さくしなくちゃ。」と博士は言って、ユーターンして、研究所の中へ入った。私も後に続く。
プラスチックのような材でできた板の束を取り出して、電動ノコで短く切って、それを組み立てて、1時間ほどで小屋は出来上がった。犬小屋ほどの大きさ。
「犬小屋みたいですね。」と見たままのことを言う。
「見た目はそうだが、とても役に立つ機能が付いている。」
そういえば、天井にたくさんの歯車、電池、針、ゼンマイなど、まるで時計の内部のような機械が付いている。再び、見えたままのことを訊く。
「どんな役に立つんですか?時計みたいなものが付いてますが。」
「その通り、これは全体が時計仕掛けとなっている。ケダマンのようなルーズな者向けの家だ。つまりだ、生活の全てをこの家の時計が管理して、住む者に規則正しい生活を強制する。その名も『時計仕掛けの俺ん家』と言う。」
「博士、それはキューブリックの映画『時計仕掛けのオレンジ』のもじりでしょうが、そうとう古い映画ですよ。ほとんど知らないと思いますよ。」
「何を言っている。名作だ。名作は時代が変わっても名作だ。」
「名作であることは認めますが、それを知っている人が多いかどうかは別です。」
「そうなのか、今は知らない者が多いのか。ふむ、洒落が理解されないというのは、私の発明品としては大きな欠陥だな。うーん、困ったものだ。」
「それに博士、これをプレゼントされたって、『規則正しい』が大嫌いのケダマンは喜ばないでしょう。たぶん、受け取りを拒否すると思いますよ。」
「そうなのか、うーん、そう言われればそうかもしれんな。じゃあ止めよう。」
博士はあっさりと諦めたが、別に残念という気持ちはないようだ。おそらく、ケダマンがルーズであってもなくても博士にとってはどうでもいいことなのであろう。さらに言えば、ケダマンが旅に出るなんてこともどうでもいいと思っているに違いない。
「博士、他に何か新しい発明品はないですか?」
よくぞ訊いてくれたとばかりに、博士の顔が輝く。
「あるぞ、『みかんのみかん』ってのが。」
「それはまた何ですか?」
「なかなか熟さないミカンのことだ。」
「あー、未完の蜜柑ってことですか、・・・で、それが何の役に立つんですか?」
「役に立つかどうかを問うているのではない。」
「何を問うているのですか?」
「面白いかどうかだ。」
「それのどこが面白いんですか?」
「実った果実は、普通は熟して食えるようになる。それが、このミカンはいつまでたっても食えないのだ、普通じゃない。普通じゃないってことは面白い。」
ということであった。『時計仕掛けの俺ん家』は規則正しさを追求しているのに、『みかんのみかん』は規則を破っている。天才の考えることは、凡人には理解できない。
その夜、ケダマンの送別会が行われた。といっても、ユーナもマナもマミナも勝さん、新さん、太郎さんもいないので、また、博士もゴリコも来なかったので、ガジ丸とウフオバーと私と本人の4人だけというちょっと寂しいパーティーとなった。
途中で、ガジ丸が新曲を披露したが、ケダマンに何か関係あるのかと思って、
「今の、ケダマンに贈る唄なのか?」と訊いた。
「贈る唄っていうか、人間だった頃のアイツを思い出していたら出来た唄だ。」とのこと。その後、特に盛り上がるということもなく、夜は淡々と更けていった。
語り:ケダマン 2009.5.15 →音楽(夢酔い覚まし)