沖縄ではお盆(旧盆)一週間前の旧暦七月七日(七夕)に墓掃除をする風習がある。先祖を家に迎え入れる準備の一つである。仕事の都合で1日遅れではあったが、先週の金曜日に、その墓掃除に行った。清明祭(5月)にも墓掃除をするので、七夕の墓掃除はその時に比べると楽ではあるが、それでも、沖縄の夏は雑草天国だ。2ヶ月余りでぐんぐん伸びる。除草だけでも1時間はかかる。その他含めて2時間ほどの作業となる。
我が家の墓の隣には小屋が建てられていて、そこには一人の自由人が暮らしている。掃除を始めて30分ほど経って、自由人が小屋から出てきた。彼は、彼が庭のようにして使っている他家の墓から我が家の墓の傍を通って、反対側の木陰のある別の墓へと何度も往復した。コンロらしい一斗缶、ヤカン、椅子などを運んだ。そして、椅子に腰掛け、新聞に目をやりつつ、コーヒーを飲み始めた。なかなか優雅である。
彼とはこれまでに何度か言葉を交わしている。彼の生活道具などが我が家の墓の中にもたいてい置かれてあるので、「掃除するので片付けてもらえませんか?」と言うと、さっさと片付けてくれる。そこから、ちょっとした会話となる。今回はしかし、会釈だけで済ませた。私は黙って掃除を続け、彼は黙って自分の持ち物を片付けてくれた。
話し相手が欲しいのかもしれないと思った。コーヒーを飲みながら世間への愚痴を語りたいのかもしれないと思った。でも、今回は無視した。前に彼と会った時、長々と説教されたので、またそうなったら嫌だなと思って。
説教されたのは、私の不用意な発言が原因だった、と思われる。
私は電気や水道の無い生活をしている彼のことを可哀想などとは思っていない。世間の煩わしい付き合いから逃れる代わりの孤独であり、面倒な労働に束縛されない代わりの貧乏生活である。将来はとても不安だろうし、孤独や貧乏からくる辛いこと悲しいこともたくさんあるだろうが、死ぬほど働かされている都会のサラリーマンと比べたなら、その幸せ度は大差無いと思っている。なので、私は普通に訊いたのであった。
「食べ物はどこから得ているのですか?」、「お金はどうやって得ているのですか?」などといったことである。彼を浮浪者と決め付けての発言である。私は、思ったことがそのまま口から出るという癖がある。もしかしたら浮浪者じゃないかも、浮浪者風の文学者かも、という思いを込めて、遠慮した言い様にした方が良かったかもしれない。
強い者がどんどん強くなる。金持ちがどんどん金持ちになる自由競争社会となった日本国では、弱い者はもっと弱くなり、貧乏人はもっと貧乏になる。私の勤める会社は零細企業なので、経営は常に黄色信号であり、そんな中で若くない私はまた、いつリストラに会っても不思議でない状況にいる。ある日突然、収入が途絶えるということになるかもしれない。そうなった時に私は、はたして生きていけるだろうかと考えた。
なので、私は食べられる草や木の実のことを今、勉強している。野山を駆け回ることのできる体力維持にも努めている。墓を住まいにする状況になっても、生きてやろうと思っているのだ。私には女房も子供もいない。いずれは天涯孤独の身だ。それでも、私を子分扱いする姉の世話には死んでもなりたくない。孤独ではあっても自由でありたい。
記:2008.8.15 島乃ガジ丸