コンスエロ夫人とアウラの二重性は、この作品の最初から何度も仄めかされている。この"仄めかし"をフエンテスは絶妙のタイミングで使っていく。二人の二重性こそが、作品のもっとも重要なモチーフなのだからである。
最初にコンスエロ夫人をモンテーロが訪問する時に、モンテーロが夫人に見るのは「高齢なのにどこか幼さの残っているその顔」である。それはアウラの顔が持っている幼さに他ならない。
そして、モンテーロがアウラを見つめようとする時、
「彼女の顔立ちを記憶にとどめようとするが、視線を逸らしたとたんに、顔がぼやけてしまうので、あわててまた彼女を見つめる」
この部分はコンスエロ夫人の言い方を借りれば、アウラがまだ十分に「戻っていない」ことを示しているだろう。
この作品の中でもっとも効果的な仄めかしは、コンスエロ夫人とアウラが同じ動作を繰り返す場面である。以下のように描かれている。
「あきらめきった様子で機械的に食事をしている彼女を見て君はびっくりするが、お陰で何を訊こうとしていたのか忘れてしまう。君は叔母から姪、姪から叔母へ忙しく視線を移す。けれども、コンスエロ夫人はいま手を動かしていない。アウラも同じように皿の上にナイフを置き、じっとしている。君は一瞬前にコンスエロ夫人がまったく同じ動作をしていたことを思い出す」
その同じ動作について、モンテーロは次のように考える。
「自分に許されているのは老女のすることをそのまま真似ることだといわんばかりに、コンスエロ夫人とまったく同じ動作を繰り返していたが、それほどまでに強く縛られているのだ」
しかし、モンテーロは完全に誤解している。アウラはコンスエロ夫人に縛られているのではない。アウラとコンスエロ夫人は二重の存在であるのだ。あらゆるところに二重性が顔を出してくる。モンテーロはアウラを欲しいと思う。夢の中にアウラが裸でモンテーロに迫ってくる。そこでアウラは「あなたは私の夫よ」と囁くのである。
この言葉もまた二重性を帯びていて、それはアウラがモンテーロを愛していると言うことと、そうではなくコンスエロ夫人が「あなたはリョレンテ将軍よ」と言うことの、二つの声を響かせているのだ。
コンスエロ夫人の何気ないひと言、
「清らかで汚れない生活を送るにはひとり暮らしがいい、そう考えて皆さんは私たち女に孤独を強いるんですが、そういう人たちは、ひとりで暮らす方がかえって誘惑が多いということを忘れているんですよ」
この言葉に、コンスエロ夫人が孤独に耐えきれずに、誘惑に負けて行ったであろう秘儀の秘密が隠されているのだが、モンテーロにはまだそのことが理解できない。彼がそれをうすうす感得するのは、自分もまたアウラとコンスエロ夫人のように夢遊病者のような動作をしていることに気づく時である。
アウラがコンスエロ夫人の分身であるように、モンテーロもリョレンテ将軍の分身と化しつつあるのだ。
「目が覚めると、部屋の中に誰かいるような気がして、まわりを見回してみる。君を不安にさせるのはアウラではなく、昨夜生み出された何かの分身なのだ」
と、モンテーロは考える。それはモンテーロ自身の分身であり、リョレンテ将軍の分身なのである。モンテーロがすべてを理解するには、彼がアウラとベッドをともにする時まで待たなければならない。