②―3
ウェンセスラオ(9歳)もまた、親の溺愛に応えることのできない子供である。彼はバルビナとアドリアノ・ゴマラの息子で、妹にアイーダ(8歳)とミニョン(6歳)の二人がいる。二人とも生まれつき醜くかったため、バルビナはウェンセスラオに女の子の恰好をさせ、女の子として育てるのである。
アイーダとミニョンは第2章「原住民」で、悲劇的な死を遂げることになるが、バルビナは二人の娘の代償として、ウェンセスラオに一層盲目的な愛を注ぐだろう。
「すくすくと彼は成長したが、バルビナは息子が成長しているという事実はもちろん、相変わらず彼が男であることすら受け入れようとはせず、リボンやバラの花冠、そして、刺繍やギャザーで派手に飾り立てたスカートを穿かせていたばかりか、相変わらず巻き毛を丸めてイギリス風の髪型をさせていた。今や気兼ねすることなく生活を送れるようになった彼女は、すべての義務を忘れて楽しく無邪気な幼年期へ退行し、生身の人形をあやす少女さながら、ウェンセスラオの世話、とくにその衣装と髪の手入ればかりに専念するようになった」
女の子の恰好をさせられたウェンセスラオは、いとこ達に"小悪魔"と呼ばれて軽蔑されるが、彼は「わずかに繋ぎ止められた母の正気を壊してしまわぬため、ひたすらいとこたちの愚弄に耐えるよりほかはなかった」とドノソは書いている。
ここには逆転した親子関係を見ることが出来る。母であるバルビナは少女へと退行し、子であるウェンセスラオは子供と化した母のために大人として、いとこ達の侮蔑に耐えるのである。しかし、親達がハイキングに出掛けた後、ウェンセスラオは自らの意志で髪を切り、女の子の衣装を脱ぎ捨てて、男として生まれ変わるだろう。
『別荘』という作品の中で、最も成熟の過程を示していくのがウェンセスラオであり、そのことによって主人公としての資格を与えられている。なぜかと問うならば、第2章「原住民」における悲劇的なエピソードに触れないわけにはいかない。『別荘』は多くのエピソードから成り立っているが、このエピソードほどに衝撃的なものはない。
父アドリアノは妻と息子、二人の娘を連れて、原住民の居住地に出掛けていく。原住民から絶大な崇拝を受けていたアドリアノは、妻と子供達に原住民が決して危険な"人食い人種"などではないことを教えようとしたのである。
そこで彼らは原住民達による豚の生贄の供応を受ける。最も尊い豚の頭を感謝の気持ちを込めて頂くのだ。アドリアノと3人の子供は竈で焼かれた「口に林檎をくわえ、頭に香草の冠を被って盆の上に載った」豚の頭を目の当たりにする。
いささか刺激が強すぎたのだろうか、その後ミニョンは原住民達の真似をしてしまうのである。ミニョンはアドリアノに訊ねる、
「お父さん、お腹空いてる? 原住民たちの準備したものは、男たち専用で、私は食べさせてもらえなかったから、お父さんと私、二人だけのために特別な食事を準備したの」
ミニョンが用意したものとは何だったのか?
「ミニョンは出し抜けに竈の蓋を開けた。内側の地獄に見えたのは、口に無理やり林檎を詰め込まれて笑顔を浮かべ、カーニバル用の冠の上にパセリやローレル、ニンジンやレモンの輪切りで額を飾られたアイーダの顔だった。(中略)世界全体が恐ろしい地獄となって崩れ落ちた……」
アドリアノは発狂し、ミニョンを殴り殺す。一部始終を見ていたのはウェンセスラオであった。
すべてを見ていたウェンセスラオが、いつまでも子供でいることはできないのであった。