玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

「北方文学」79号発刊

2019年07月04日 | 玄文社

「北方文学」79号が発行になりましたので、ご紹介します。今号も先号に引き続いて100頁台に落ち着いています。総ページ数は195です。

巻頭にH氏賞受賞詩人・田原さんの寄稿をいただきました。「詩歌の地図」という重厚な作品です。シリアの詩人でノーベル文学賞候補を噂されたこともあるアドニス氏に捧げられています。アドニス氏は現在パリに亡命して暮らしているそうですが、そのことが故国中国を離れて日本で暮らし、日本語で詩を書き続ける田原さんの共感を呼んでいます。シリアの政治状況と中国の政治状況とが重ね合わせになっているようで、それが我々読者の共感を呼び起こします。「言葉はあなたの領土/詩歌はあなたの古里/想像はあなたの翼/哲学はあなたの沈黙」という一節が印象に残ります。

 続いて、館路子の詩が二編。「書き尽くせない日乗へ、追記」は短く、次の「月下、猫に倣って散歩する」はいつもの長詩で、どちらも猫をモチーフにした作品です。館は猫を大切に飼っているそうですから、それこそ書き尽くせない日常の一コマなのかも知れません。

大橋土百の俳句が続きます。「風の瞑想」と題して一挙59句を掲載。2017年から2019年にわたる二年間の思索の結実でしょうか。ふきのとうの写真を挿入していますが、この人の句は春が似合います。

評論のトップは前号に続いて徳間佳信の「泉鏡花、「水の女」の万華鏡(二)」です。今号から個々の作品論に入ります。まずは「沼夫人」。この作品に序破急の構成を見て、夢幻能としての性質を捉えようとしています。また明治期にはまだ珍しかった「恋愛小説」としての側面も見のがしていません。

次は柴野毅実の「ヘンリー・ジェイムズの知ったこと(二)」です。今号では初期の作品「ワシントン・スクエア」と中期の作品「ポイントンの蒐集品」を扱います。心理小説の基本的構造としての一対一の対決の中に、セクシュアリティへの根源的な追究を見ています。またジェイムズが打ち立てる「認識の至上権」は、「メイジーの知ったこと」へと回帰し、「聖なる泉」へと突き進んでいきます。

鎌田陵人の「201Q年の天使たち」は、日本のロックバンドThe Novembersの新譜「Angels」について論じたものです。音楽評論はたぶん鎌田しか書けないジャンルだと思います。The Novembersの歌詞と映画「ブレード・ランナー」とを文明論的に比較している部分もあり、サブカルチャーを文学的に語るという形式は、彼独自のものと言えます。

 鈴木良一の「新潟県戦後五十年詩誌史」の「隣人としての詩人たち」も13回目となります。70年代後半を扱う前編となります。この間に発行された「北方文学」10冊に対する言及にウエイトが置かれ、当時の同人で1978年に病死した栗林喜久男と1979年に自殺した中村龍介という二人の詩人を中心に論じています。当時県内では傑出した才能であった二人の墓標とも言うべき文章ではないでしょうか。

石黒志保の「和歌をめぐる二つの言語観について」は今回の(三)で完結です。仏教思想と和歌を通した言語論でしたが、日本中世の言語観は井筒俊彦の言うように、ヨーロッパの言語観に通じる本質的な部分を持っていたようです。専門的な論文ですが、多くの問題を提起したのではなかったかと思います。

 先号で大変面白い「史伝」と言うしかないような「文平、隠居」を書いた福原国郎は、先号の補正として「「暴吏」を挫く」とは」を載せています。古文書の解読を通して、これだけ生き生きと自らの先祖について語ることができるのは、大変得難い才能と言えます。

 以下小説が三本。まずは大長編の連載を終えたばかりの魚家明子の「緑の妖怪」。純粋な子供の世界を書かせたらこの人に敵う人はいません。子供の妖怪願望が大人の世界にまで広がっていくメルヘンのような作品です。

「かわのほとり」を書いている柳沢さうびは新しい同人です。早稲田大学文学部文芸科で小説を実践的に学んだ人で、さすがにプロまがいの筆力を見せています。処女懐胎のお話で、キリスト教神話のパロディかと思うのですが、ともかく一筋縄では捉えきれない作品で、短すぎるのが残念です。

最後は大ベテランの新村苑子「賜物」。不良の息子を殺された母親と父親の対照的な反応を描きます。会社人間として生きてきて、息子に死なれ、妻に逃げられた男の鬼気迫る末路は、世の男性に大きな反省を強いるのでは。

 

目次を以下に掲げます。

田 原*詩歌の地図

館 路子*書き尽くせない日乗へ、追記

館 路子*月下、猫に倣って散歩する

大橋土百*風の瞑想

徳間佳信*泉鏡花、「水の女」の万華鏡(二)

柴野毅実*ヘンリー・ジェイムズの知ったこと(二)

鎌田陵人*201Q年の天使たちーーTHE NOVEMBERS 『ANGELS』を聴くーー

鈴木良一*新潟県五十年詩史――隣人としての詩人たち(13)

石黒志保*和歌をめぐる二つの言語観について(三)

榎本宗俊*北越雪譜と苦海浄土

福原国郎*「暴吏を挫く」とはーー「文平、隠居」補正――

魚家明子*緑の妖怪

柳沢美幸*かわのほとり

新村苑子*賜物

 

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