もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

佐渡金山の世界文化遺産申請

2022年01月27日 | 歴史

 佐渡金山の世界文化遺産登録について勉強した。

 佐渡金山の世界文化遺産登録申請は、2016年頃から取り沙汰されるようになったと記憶しており、昨年には年度内の申請が現実味を帯びていたが、申請期限(2月1日)が近づくにつれて、何やら雲行きが怪しくなって、申請見送りかと観測されている。
 24日の衆院予算員会で、推薦申請を求めている自民党の高市政調会長が申請に対する政府見解を質したが、岸田総理は韓国の主張も念頭に「国際社会で客観的事実に基づく正しい歴史認識が形成され、わが国の基本的立場やこれまでの取り組みに対して正当な評価を受けることを強く求め、いわれなき中傷には毅然と対応していく」、林外相は「韓国への外交的配慮を行うことは全くない。韓国側の独自の主張は、全く受け入れられず、強く申し入れを行った」と答弁するにとどまり、申請するか否かにについて直接答弁していない。末松文科相も21日の記者会見で「現時点で推薦見送りを決定した事実を承知していない。登録を実現する上で何が最も効果的かという観点から総合的な検討を行っている」と、締め切り10日前にも拘わらず禅問答に近い言い回しに終始しているので、永田町の歴史から、政府はもはや申請の延期を決定していると観ている。
 安倍元総理は、韓国の反発に「論戦を避ける形で登録を申請しないのは間違っている。しっかりとファクトベースで反論していくことが大切で、その中で判断して貰いたい」と注文を付けているが、岸田総理を始めとする親中韓執行部は、敢て火中の栗を拾うことはしないだろうし、拾う気構えすら持ち合わせていないように思う。
 韓国が主張する朝鮮人の強制連行・強制労働はあったのだろうかと調べてみた。詳しくは分からないが有志のブログで《大正時代から佐渡鉱山の経営に従事した三菱鉱業株式会社(現在三菱マテリアル)の佐渡鉱山所では、1940年2月から1942年3月までに、1005人の朝鮮人労働者を募集によって集めたという記録が残っており、この期間は、戦時徴用は始まっておらず「募集工」だった。自らの意思で応募した人に「強制」があったはずがない。そして、彼らのうち10人が病気や事故で亡くなり、逃走した者が148人いたという。韓国のメディアはこれをもって「過酷な労働を強制された証拠」だと書くが、15%もの労働者が逃亡できたということは、監視や脱走を防ぐ措置などは執っておらず、まして佐渡は絶海の孤島で、港の船着き場さえ見張っていれば脱走者はすぐに確保できたがはずだが、それさえしなかったということは、最初から去る者は追わず、という姿勢だったのではないか。さらに問題を起して「不良送還」になった者が25人いたという。無理やり「強制連行」してきた者を、不良行為ごときで「強制送還」することなどあり得るのか》と綴られていた。
 軍艦島の朝鮮人労働者に関して明らかにされているように、強制連行などしなくても募集すれば高賃金を求める応募者の選別に腐心する程で、さらには朝鮮人労働者の多くが終戦後も帰国せずに坑内作業に従事したことを考えれば、佐渡金山についても韓国流の歴史・事実の捏造であろうと思う。
 佐渡の相川金山ガイドから聞いたことであるが、江戸時代においては高度の知識・技術を要しない水替え人足の大半は佐渡送りの徒刑囚で、劣悪な作業環境で生きながらえる人は少なく、25歳を迎えると赤飯で祝ったらしい。そのような伝承を下書きにして韓国主張は構築されたものであろう。

 自分は、佐渡金山が世界文化遺産に相応しいかどうか判断できないし、登録することにもあまり興味がない。
 問題とするのは、日本の行動に不確かな根拠で横槍を入れる韓国政府と韓国国情であり、韓国に配慮するとして土俵にすら上がらない日本政府である。
 佐渡金山が文化遺産に相応しいのであれば、正々堂々とユネスコに申請し、正面切って韓国と対決すべきで、もし登録されなかったとしても、日本の主張に耳を傾けてくれる人は増えると思う。
 韓国に打たれっぱなしでゴングを聞くことはあってはならないと思う。
 いつもの主張の繰り返しであるが「同盟者として韓国切るべし」


最新の画像もっと見る

コメントを投稿