ゴエモンのつぶやき

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リクルートスタッフィング、障がい者向け合同企業面接会を株式会社LITALICOと初共催

2017年07月16日 01時22分47秒 | 障害者の自立

株式会社リクルートスタッフィング(本社:東京都中央区、代表取締役社長:柏村 美生、以下 当社)の障がい者の人材紹介・人材派遣を行っている『アビリティスタッフィング』は2017年9月15日(金)に障がいをもつ求職者と障がい者を雇用したいと考える企業が参加する合同企業面接会を、全国60ヶ所以上で障害者向け就労移行支援事業所を運営する株式会社LITALICOと初共催します。

このことを通じ、当社は「Workstyle Maker(※1)」として、『「らしさ」の数だけ、働き方がある社会』を創ることを目指します。

※1 Workstyle Maker(ワークスタイルメーカー)とは
https://www.r-staffing.co.jp/corporate/mission/

画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/133085/LL_img_133085_1.jpg
アビリティスタッフィング


■開催の背景
2018年度から精神障がい者の雇用が義務化されることや2017年5月30日(火)に厚生労働省が2020年度末までに障害者雇用率を現行の2.0%から2.3%に引き上げることを決めたこともあり、昨今、企業の障がい者雇用に対する関心は高まりを見せています。一方、「平成28年障害者雇用状況の集計結果」(厚生労働省)からも分かるように、雇用障害者数、実雇用率ともに過去最高を更新しているものの、実雇用率は1.92%となっており、障がい者の就業促進に課題があるのが現状です。


■アビリティスタッフィングの合同企業面接会とは
アビリティスタッフィングの合同企業面接会は障がいを持つ求職者と障がい者を雇用したいと考える企業が参加し、グループ・個人の面接を実施する場です。

障がい者雇用を目指す企業からは書類だけで求職者の特性を判断することは難しいという声が度々聞かれますが、今回のように求職者と企業が直接出会える場を提供することで、企業は求職者に対する理解を深めることが出来ます。また、同時に求職者も企業担当者との直接の会話の中で自分にあった仕事かどうかのイメージを持った上で検討することが出来るので、結果として就業機会の創出につながると考えています。

今回は過去の開催で求職者の内定取得率向上などの実績を出している合同企業面接会のスキームを活かし、アビリティスタッフィングに登録している求職者だけではなく、当社業務サポートセンター(※2)・株式会社LITALICO・その他に就労移行支援事業所に所属している障がい者のなかで就労移行支援機関に通い、企業での実務研修を終えている、すぐに就業可能な求職者と企業との合同面接会を実施することで、更なる障がい者の就業促進を目指します。

※2 業務サポートセンターとは
日々の就業を通じて、障がいを持つ求職者が自分らしさを発揮できる企業への就職を目指し、アビリティスタッフィングと当社障がい者雇用推進部の連携で2015年5月に設立しました。業務サポートセンターでの就業を通じ、「できること・得意なこと」「配慮点」を障がい者自身とマネジメント双方向から確認しています。また、日々出勤を重ね、自分自身で体調管理をしながら働き続けることで、就職にむけての自信をつけることを目的としています。
https://ability.r-staffing.co.jp/contents/about/employments_support.html

■イベント詳細
日時 : 2017年9月15日(金) 13:00~18:00
場所 : リクルートGINZA8ビル(東京都中央区銀座8-4-17)
参加人数: 企業10社、求職者60名(予定)


▼(参考)アビリティスタッフィングについて
http://ability.r-staffing.co.jp/contents/about/

▼(参考)リクルートスタッフィングについて
https://www.r-staffing.co.jp/corporate/

財経新聞    平成29年7月16日


被災者に声、進まない皇后さま 警察官もあきらめた

2017年07月16日 00時55分00秒 | 障害者の自立

 神戸市東灘区の市立本山第二小学校長だった岩本(いわもと)しず子さん(82)は、1995年1月下旬、市教委指導部長から電話を受けた。

 「さる方が1月31日にいらっしゃるのでよろしく」。岩本さんは「どなたですか」と尋ねたが、「今は言えない」という。

 それから私服の警察官が男女で頻繁に学校を訪れるようになった。2、3日前になり、「両陛下がおみえになる」と知らされた。

 同校は児童1100人余のうち4人が亡くなった。33年建築の伝統の本館と東校舎はひび割れて立ち入り禁止になった。利用できる西校舎には、避難してきた約200人のうち、お年寄りや障害者らが入り、それ以外の人々は校庭にテントを張って過ごしていた。

 1月31日午後、雪が降り出しそうな曇天の下、両陛下を乗せたバスが学校の南門に着いた。テントから出てきた避難者に加え、近所の人たちも詰めかけ、「立錐(りっすい)の余地もなかった」と岩本さんは振り返る。

 校庭で人と人の間にできた細い道を、当時の貝原俊民(かいはらとしたみ)兵庫県知事(故人)が天皇陛下を案内して歩き、2メートルほど後から皇后さまがついていく。

 岩本さんは両陛下の到着後に突然、「皇后さまは校長が案内してください」と言われた。皇后さまのすぐ後ろをついて歩いたが、皇后さまは赤ちゃんや高齢者を見つけるたびに近づいて声をかけるため、なかなか先に進まない。やがて天皇陛下が気づいて立ち止まり、後ろを振り向いて温かく見守っていた。

 皇后さまの写真集を持った人がいた。「寝るときに写真集を枕元に置いていたおかげで、頭の上に落ちてきた家財道具が写真集に当たり、命を守ってもらいました」と言い、「サインしてください」と頼んだ。皇后さまは「みなさんにしなきゃならなくなるので、ごめんなさいね」とさりげなく断っていた。

 護衛の警察官らしい人が岩本さんの耳元で「早く次にご案内してください」と何度もささやく。言われるままに岩本さんも「皇后さま、お時間がございますので」と促すが、皇后さまは声をかけるのをやめない。

 警察官もあきらめたのか、「皇后さまの思いに任せてください」と言った。それならばと、被災者の世話をしていた教職員やPTAの父母らのところへと案内した。

写真・図版 

阪神・淡路大震災発生翌朝の本山第二小学校。多くの被災者らが校庭で一夜を明かした=1995年1月18日、神戸市東灘区、朝日新聞社ヘリから

2017年7月15日      朝日新聞