こんばんは。
昨日ちょっと大切な仕事があり、
おかげさまで無事済んだものの、妙に気負ってしまうので、
くたびれて日記はお休みしました。
夕食の時に一人打ち上げでコップ一杯紹興酒飲んで
寝る前に自分に御褒美ということで、
カロリ(マンゴーラッシー)というカクテルを飲みました。
甘味料で味付けしてあるみたいで、
甘い割りに100mlあたり29kcalと低カロリーなのです。
そして布団の上でごろごろしながら、蘇る逆転二周目をクリアしました。
(そして今日逆裁2に手を出してしまった…)
さて、秋葉原で恐ろしい殺人事件がありましたね。
亡くなられた人はあまりの不意打ちに何が起こったかも理解できなかったのでしょうか。
望み多い人生を絶たれて…
お悔やみ申し上げます。
私は2chの痛いニュースだけはチェックするようにしているのですが、
犯人はキモオタとかなんとか言われてますね。
中学の卒業文集にリオンの設定画を写したような絵が描かれていて
中学の時はディスティニーが好きだったんだなあと思います。
(しかし何かあると文集を引き合いに出すのは止めてほしいなあ
私は中三の時「はやく人間になりたい…」って書いたんですよ。
もしもの時はなんと言われるか。いや、そーならんようにしなくては(^^;)
つか、卒業文集で思っていることをまんま書く人っているのでしょうか。)
今から十年前だと二年前にPS版ディスティニーが発売されたあとで
きっと人気があった時期だし、当時中学生ならプレイした人も多かったと思います。
しかし、
テイルズのどこが好きだったか、
その後何を嗜好したかはわかりませんが
テイルズを好きだと思った人が犯罪を犯したのは
ファンとしてはとても残念です。
雇用に不安を抱えていたのでしょう。
きっとひとりぼっちだったのでしょう。
ネットは便利だし、繋がっていくこともできるけれど
あるときはこちらの声を飲み込み
あるときは自分の都合のいい部分だけを映し出す闇の一面もあります。
遮断された心の闇の中で
社会は自分を拒絶するものと思い、自分のみを哀れむ心が膨らんでいったのでしょうか。
そんな自分をちょっと待って!と思う
もう一人の自分の眼差しは存在しなかったのでしょうか。
どんな状況にせよ
自分の望まない自分をこれがありのままの自分だ許容することは本当につらい。
しかし、私は人として生まれてきたからにはそれは大切なことだと思います。
認めて、受け入れて、そこから新たな自分の人生を模索していかなくては…。
それが出来ずに、こんなはずはない、こんな人生は本来の私ではないと
暴発(自殺にせよ他殺にせよ)してしまうことは、
支払う代価を思うと
本当に痛ましく、もったいないことだなあと思います。
もう一度亡くなった方々にお悔やみ申しますと共に
殺害した本人が自分の罪に気づいて刑に服するように念じて
今日の日記を終りたいと思います。
昨日ちょっと大切な仕事があり、
おかげさまで無事済んだものの、妙に気負ってしまうので、
くたびれて日記はお休みしました。
夕食の時に一人打ち上げでコップ一杯紹興酒飲んで
寝る前に自分に御褒美ということで、
カロリ(マンゴーラッシー)というカクテルを飲みました。
甘味料で味付けしてあるみたいで、
甘い割りに100mlあたり29kcalと低カロリーなのです。
そして布団の上でごろごろしながら、蘇る逆転二周目をクリアしました。
(そして今日逆裁2に手を出してしまった…)
さて、秋葉原で恐ろしい殺人事件がありましたね。
亡くなられた人はあまりの不意打ちに何が起こったかも理解できなかったのでしょうか。
望み多い人生を絶たれて…
お悔やみ申し上げます。
私は2chの痛いニュースだけはチェックするようにしているのですが、
犯人はキモオタとかなんとか言われてますね。
中学の卒業文集にリオンの設定画を写したような絵が描かれていて
中学の時はディスティニーが好きだったんだなあと思います。
(しかし何かあると文集を引き合いに出すのは止めてほしいなあ
私は中三の時「はやく人間になりたい…」って書いたんですよ。
もしもの時はなんと言われるか。いや、そーならんようにしなくては(^^;)
つか、卒業文集で思っていることをまんま書く人っているのでしょうか。)
今から十年前だと二年前にPS版ディスティニーが発売されたあとで
きっと人気があった時期だし、当時中学生ならプレイした人も多かったと思います。
しかし、
テイルズのどこが好きだったか、
その後何を嗜好したかはわかりませんが
テイルズを好きだと思った人が犯罪を犯したのは
ファンとしてはとても残念です。
雇用に不安を抱えていたのでしょう。
きっとひとりぼっちだったのでしょう。
ネットは便利だし、繋がっていくこともできるけれど
あるときはこちらの声を飲み込み
あるときは自分の都合のいい部分だけを映し出す闇の一面もあります。
遮断された心の闇の中で
社会は自分を拒絶するものと思い、自分のみを哀れむ心が膨らんでいったのでしょうか。
そんな自分をちょっと待って!と思う
もう一人の自分の眼差しは存在しなかったのでしょうか。
どんな状況にせよ
自分の望まない自分をこれがありのままの自分だ許容することは本当につらい。
しかし、私は人として生まれてきたからにはそれは大切なことだと思います。
認めて、受け入れて、そこから新たな自分の人生を模索していかなくては…。
それが出来ずに、こんなはずはない、こんな人生は本来の私ではないと
暴発(自殺にせよ他殺にせよ)してしまうことは、
支払う代価を思うと
本当に痛ましく、もったいないことだなあと思います。
もう一度亡くなった方々にお悔やみ申しますと共に
殺害した本人が自分の罪に気づいて刑に服するように念じて
今日の日記を終りたいと思います。