
浅間大社の本殿
浅間大社は「あさまたいしゃ」と呼ばずに「せんげんたいしゃ」と読むのが正しい。ここは、全国の浅間神社の総本社で富士山信仰の中心である。
(一部には浅間山信仰の神社もあるようだ。)


この説明板に書かれた歌の作者、駿河の国の国司でもあった平兼盛は、平安時代の歌人で三十六歌仙の一人。光孝天皇曾孫の篤行の子。
950年に臣籍に下り平姓となった。官位には恵まれなかったが、数々の歌合や屏風歌の作者として活躍したようだ。「しのぶれど色に出でにけり
我が恋は物や思ふと人の問ふまで」が壬生忠見の歌に競り勝って百人一首にも採用された。

湧玉池の水を汲み来てる人も多い。 ここもパワースポットとされている。

桜も見事だ。しかし、肝心の富士山は全く見られなかった。