献体

　食道癌のかなり末期に近い方がおられる。
　１０年くらい前から、献体の手続きをされているらしい。

　奥さん曰く、
　「死んで人の役に立つのもいいけど、生きてる内に私に役立つことして欲しいわよね。」
　「献体するのもいいけど、解剖が終わって火葬がすむまで、夜中にごとっと音がすると帰ってきそうで気持ち悪いわよね。」

　なかなか強烈な発言。

　だけどよく身の回りの世話をされている。

　夫婦はそれぞれ。

バッタ

　やや深い空のプランターの底で、小さなバッタがお腹を出して横たわっていた。何度も脱出を試みたが力尽きたのだろう。翌日土に還してあげようと見てみるとなんと起き上がってじっとしている。

　そっと手に取り、庭草の葉の上にのせた。ほとんど動かない。バッタとて水分が必要であろうと、何滴かの水を葉にふりかけた。

　そのまた翌日、バッタは姿を消していた。遺骸も見当たらないので、おそらく自力でどこかへ移動したのであろう。

　ほとんど風前の灯であったバッタは、まだ時期を迎えていなかったものと思われる。

　人とて同じ。何をやっても時期が来れば命を保つことはできないが、時が来ていなければ、厳しい状況からでも復活する。

　どちらにしてもいずれ消え行く命だが、少なくとも今は生きている。そのことを大切にしたい。