Happy-sanになろう!

Happy-sanな日々をご紹介するブログ。旅のお話もいっぱい♪

執筆活動中

2009年03月10日 | work
執筆活動中



先日、息子の卒業関連行事の”謝恩会”があった。
生徒たちは一人一人<将来の夢>を語った。

・お医者様になってひとりでも多くの人を救いたいですっ
・テレビの報道をする人になって世界の現状を伝えて問題提起したいですっ
・弁護士になって、困っている人を助けますっ
・国連で世界の人々のために働きたいですっ
・野球選手になって子供達に夢を与えたいですっ


きっとママたちはウルウルだったことだろう。
みんな、すごいこちらが泣けてくるぞ。

立派な発言が並ぶ中、我が息子は・・・


・自分の夢は決めていますが、今ここで皆さんに話す事は出来ません。

おいおい・・・またしてもやってくれた
我が息子は非常にマイペースなので
こういう場面で、たまにこういうことをしでかす。


会場には笑い声が響く・・・

母一人で育てたんだから、野口英世みたいな
世界の人々に役立つ人になりたいですっ
とか言わないかなぁ・・・。
言わないだろうなぁ・・・。


かくいう私は、小学6年の卒業作文で
”小説家になりたい”と書いていた。

そのうち、その夢は
小説家ではなく、作詞家になっていった。

つまらない授業中、ずっと作詞をしていたことは
私の中学・高校時代の友達ならみんな知っている。

大学時代までそれは続いていた。


・・・がある時、気づいた。

同じような、恋の歌しか書いていない。。。


それもそのはず。

私は、友達に言わせると”恋多き女”なのだそう。
でも、12歳から実に数年前までの長きにわたり
ずっと一人の人の事を想っていて・・・
その隠れた気持ちばかりを歌にしていたのだった。

”これぢゃ、プロにはなれない。

突然、詩を書くのをやめた。 

なので、その日を境に
小学6年の時の夢も記憶の彼方に消えていた・・・






・・・ところが、だ。

ここのところ、<活字的仕事>というか
活字にご縁が続いている。
次から次へと、<活字的仕事>が舞い込む。


まだ出版されていないが、5月くらいには
出版されると思うのだけれど
NECなどの大企業のコンサルをなさっていて
東大の哲学科を出られている 宅間克先生という方が書かれた

<下天 孫文記>。

先生は以前、<下天 信長記>を出版され
そのシリーズ第2弾。

その文章内にも私が登場するのだけれど
なんと、その小説のあとがき、というか
感想文を書いてほしいと依頼された。

・・・そんな、東大の哲学科を出られた
先生の文章に並んで書くことは出来ません・・・

と申し上げたのだが、著書内で先生がメッセージとして
伝えたいことが、私のココロにも響いてしまったので
僭越ながら、お引き受けした。


次、今話題の元空軍幕僚長の田母神氏の新刊。
双葉社から出たのだけれど
なんと、私の名前が・・・

実はまだ田母神氏が現役でいらした頃
その本にも書かれているように
中国の空軍司令員との会食会でお目にかかったことが、ある。

その折に孫文と梅屋庄吉のお話をしてさしあげたことを
田母神氏が覚えていらして、執筆されたのだった。




許司令員と田母神氏、”空の男”に囲まれて幸せそうな、私


田母神氏の歴史観については私はノーコメントとさせて頂く。


さて、次。

流れで、急いで本を書くことになった。
本を書くっていっても
このブログみたいな、軽いものではなく”歴史”もの。

ううう。
こういうのは、一生をかけてじっくり書くもんだよぉ・・・

しかし、これは夢実現のための第一歩。
何とか時間をやりくりして
ベースのところから起こしている。

ブログを書いている間にも
進めなくてはいけないのだけれど、

ブログで息抜き。


仕上がったら、ブログでも紹介するので
興味があったら(無くても・・・
買ってね




・・・というわけで
小学6年生の時の夢が
今頃になって叶いだしていることの、ご報告。