金曜日、ギターの練習を終えて帰宅して夕食の準備をしていたら娘から電話。
嫌な予感がする。
案の定、
「これから帰るけれど、下痢と嘔吐でお粥くらいしかいらない」
「うむむ、辛いならタクシーで帰りなさい」
と言って電話を切り、さて何をするべきかと考える。
先ずお粥を炊いて、部屋を暖めることにした。
久しぶりに娘の部屋に入ったが、なんとエアコンが故障して冷房しか効かない。
納戸からオイルヒーターを引っ張り出して暖める。
ポカリを買いに走る。
電車でヨロヨロと青白い顔で帰宅した娘はお粥も食べず崩れるようにベッドに倒れるが、すぐにトイレに駆け込む。
胃腸薬を飲ませたが、その丸薬はそのまま吐いた。
私も若い頃から神経性の胃腸炎で苦しんだのでよくわかる。
一晩眠れずにそんな状態で過ごすこととなるのに、
「翌朝6時に起こして」
と、うわ言のように言う。
「とんでもない!休みなさい!」
と、言うと、
「それができれば苦労しない!」
と、言う。
翌日は自分しか責任者が居ないのでどうしても出勤するしかないとのこと。
まあ、起こしてあげるけれど、大丈夫?
夜が明けて、起こしにいくと、お腹の痛みは少しマシになったと言う。
が、どうもおかしいので額を触る。
「あかん、熱あるわ!」
計ると8度5分。
でも、出勤すると言ってきかない。
「付き添うわ。」
「やめて!」
「いや、ついて行く!」
過保護といわれようが、途中で何が起こるかわからない。ホームから転落でもされたら、階段から転げ落ちてまた骨折でもされたら、などなど色々悪いことを想像してしまう。
慌てて準備をしていると、娘はスマホで電車の時間を調べている。
始発で座れる各停列車を検索していた。感心。
何処まで付き添うか決めていないが、ふらふらしているのでやはり四ツ谷まで行くだろう。二回乗り換えて、四ツ谷駅。
娘がここまでで良い、と強く言うので、駅のカフェで待っているから連絡してと約束する。誰かに助けてもらえることを期待して。
四ツ谷駅のカフェ、ワンコインモーニングセットのトレイを持って二階席に座る。
懐かしいピアノジャズが流れていて少し落ち着いた。
周りを見ると、どうやらここは上智大の先生や学生の溜まり場のようだ。講義の準備をしている教授らしきダンディな男性、いかにも上智の女子学生って感じのお嬢様。
ひとり客でも長居ができそうな雰囲気が有難い。
「いそしぎ」が流れている。
コーヒーをおかわりした頃に娘からメール。
「やっぱり5時まで終われない。夕方やってる病院を四ツ谷近辺か自宅近くかどちらかで探しておいて」
スマホのバッテリーを気にしつつ検索するも、土曜日の午後なんて何処も休診だ。
一先ず帰宅して調べることにした。
娘の通勤ルートを確認できたのは良かった。
お隣の奥様に出会い、朝帰りじゃないんです~;^_^A
雨戸も開けずに飛び出して、10時に帰宅するのじゃ誤解されるもの、娘がねって弁解、過保護ですけどねって弁解。
さあ、それから病院探しだ。近所は全てアウト。
そんな時に娘から再びメール。
「先輩が午後来てくれる事になったから早く帰れる事になった。」
「じゃ、タクシーにとりあえず乗って。病院を探して連絡するからそのまま直行してもらいなさい。」
とはメールしたが、う~Σ(・□・;)病院~!!
ふと、近くの病院で看護師をしている友人が土曜日休みじゃないのよ~と話していた事を思い出した。ネットで調べたら確かに土日やってる☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
電話で確認、OK!
タクシーの運ちゃんに頼んで直行してもらう。私は駅から病院の送迎バスに乗って先に受け付けを済ますことにした。
この病院の前身時代の20年前、救急で息子の命を助けて貰ったことがある。あと20分遅ければ命はなかったと言われるほど切羽詰まった時に助けて貰った。
移転して大病院に成長して今回初めて行ったのだが、綺麗で親切で素晴らしい環境だと思った。
1時間ほど待って娘が到着、熱はやはり8度5分。隔離されてすぐ診察。インフルエンザの検査もしてもらい、すぐに点滴。血液検査も。
点滴中に清算も済み、薬局にも行った。
検査結果はインフルエンザは陰性、胃腸が酷くダメージ受けているという数値。
定かではないが、同様の患者が複数いたとのことで、鶏肉をここ2週間のうちに食べなかったかとたずねられた。新年会で焼き鳥を食べたと言う。腸内の菌をやっつける抗生物質と頓服、ビオフェルミンをもらう。
2時間かけて点滴を受けたらかなり楽になった様子で送迎バスで帰れるというので非常に安堵。
帰宅したらお粥を食べられた。頭が痛いので頓服を飲む。
翌日日曜日の今日は仕事はお休み、ゆっくり休んで、夕方はジョコビッチとマレーの試合を観るまでに回復した。
お粥とジャガイモのラクレットが食べられた。
土日診療をしてくれる大病院、ありがたかった。それもとても親切なスタッフの対応で気持ちにゆとりを取り戻せた。
またこの病院に助けられたのだなぁ。
私が苦しんだ時、亡き母は1キロの塩をフライパンで炒ってさらしの袋に入れてお腹にあててくれた。冷めたらまた新しい塩を炒ってくれる。これが劇的に効いたのを覚えている。
それと当時は食べられたりんごのすりおろし。
結婚の時にさらしを一反持たせてくれた母の気持ちを思う。
息子に「鶏肉警報」とメールを打つと、
「新年会で火の通ってない鶏肉が出たので作り直して貰った」
という。
その新年会は娘が焼き鳥を食べたのと同じ日だった。
やれやれ、どうぞ無事でありますように。
嫌な予感がする。
案の定、
「これから帰るけれど、下痢と嘔吐でお粥くらいしかいらない」
「うむむ、辛いならタクシーで帰りなさい」
と言って電話を切り、さて何をするべきかと考える。
先ずお粥を炊いて、部屋を暖めることにした。
久しぶりに娘の部屋に入ったが、なんとエアコンが故障して冷房しか効かない。
納戸からオイルヒーターを引っ張り出して暖める。
ポカリを買いに走る。
電車でヨロヨロと青白い顔で帰宅した娘はお粥も食べず崩れるようにベッドに倒れるが、すぐにトイレに駆け込む。
胃腸薬を飲ませたが、その丸薬はそのまま吐いた。
私も若い頃から神経性の胃腸炎で苦しんだのでよくわかる。
一晩眠れずにそんな状態で過ごすこととなるのに、
「翌朝6時に起こして」
と、うわ言のように言う。
「とんでもない!休みなさい!」
と、言うと、
「それができれば苦労しない!」
と、言う。
翌日は自分しか責任者が居ないのでどうしても出勤するしかないとのこと。
まあ、起こしてあげるけれど、大丈夫?
夜が明けて、起こしにいくと、お腹の痛みは少しマシになったと言う。
が、どうもおかしいので額を触る。
「あかん、熱あるわ!」
計ると8度5分。
でも、出勤すると言ってきかない。
「付き添うわ。」
「やめて!」
「いや、ついて行く!」
過保護といわれようが、途中で何が起こるかわからない。ホームから転落でもされたら、階段から転げ落ちてまた骨折でもされたら、などなど色々悪いことを想像してしまう。
慌てて準備をしていると、娘はスマホで電車の時間を調べている。
始発で座れる各停列車を検索していた。感心。
何処まで付き添うか決めていないが、ふらふらしているのでやはり四ツ谷まで行くだろう。二回乗り換えて、四ツ谷駅。
娘がここまでで良い、と強く言うので、駅のカフェで待っているから連絡してと約束する。誰かに助けてもらえることを期待して。
四ツ谷駅のカフェ、ワンコインモーニングセットのトレイを持って二階席に座る。
懐かしいピアノジャズが流れていて少し落ち着いた。
周りを見ると、どうやらここは上智大の先生や学生の溜まり場のようだ。講義の準備をしている教授らしきダンディな男性、いかにも上智の女子学生って感じのお嬢様。
ひとり客でも長居ができそうな雰囲気が有難い。
「いそしぎ」が流れている。
コーヒーをおかわりした頃に娘からメール。
「やっぱり5時まで終われない。夕方やってる病院を四ツ谷近辺か自宅近くかどちらかで探しておいて」
スマホのバッテリーを気にしつつ検索するも、土曜日の午後なんて何処も休診だ。
一先ず帰宅して調べることにした。
娘の通勤ルートを確認できたのは良かった。
お隣の奥様に出会い、朝帰りじゃないんです~;^_^A
雨戸も開けずに飛び出して、10時に帰宅するのじゃ誤解されるもの、娘がねって弁解、過保護ですけどねって弁解。
さあ、それから病院探しだ。近所は全てアウト。
そんな時に娘から再びメール。
「先輩が午後来てくれる事になったから早く帰れる事になった。」
「じゃ、タクシーにとりあえず乗って。病院を探して連絡するからそのまま直行してもらいなさい。」
とはメールしたが、う~Σ(・□・;)病院~!!
ふと、近くの病院で看護師をしている友人が土曜日休みじゃないのよ~と話していた事を思い出した。ネットで調べたら確かに土日やってる☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
電話で確認、OK!
タクシーの運ちゃんに頼んで直行してもらう。私は駅から病院の送迎バスに乗って先に受け付けを済ますことにした。
この病院の前身時代の20年前、救急で息子の命を助けて貰ったことがある。あと20分遅ければ命はなかったと言われるほど切羽詰まった時に助けて貰った。
移転して大病院に成長して今回初めて行ったのだが、綺麗で親切で素晴らしい環境だと思った。
1時間ほど待って娘が到着、熱はやはり8度5分。隔離されてすぐ診察。インフルエンザの検査もしてもらい、すぐに点滴。血液検査も。
点滴中に清算も済み、薬局にも行った。
検査結果はインフルエンザは陰性、胃腸が酷くダメージ受けているという数値。
定かではないが、同様の患者が複数いたとのことで、鶏肉をここ2週間のうちに食べなかったかとたずねられた。新年会で焼き鳥を食べたと言う。腸内の菌をやっつける抗生物質と頓服、ビオフェルミンをもらう。
2時間かけて点滴を受けたらかなり楽になった様子で送迎バスで帰れるというので非常に安堵。
帰宅したらお粥を食べられた。頭が痛いので頓服を飲む。
翌日日曜日の今日は仕事はお休み、ゆっくり休んで、夕方はジョコビッチとマレーの試合を観るまでに回復した。
お粥とジャガイモのラクレットが食べられた。
土日診療をしてくれる大病院、ありがたかった。それもとても親切なスタッフの対応で気持ちにゆとりを取り戻せた。
またこの病院に助けられたのだなぁ。
私が苦しんだ時、亡き母は1キロの塩をフライパンで炒ってさらしの袋に入れてお腹にあててくれた。冷めたらまた新しい塩を炒ってくれる。これが劇的に効いたのを覚えている。
それと当時は食べられたりんごのすりおろし。
結婚の時にさらしを一反持たせてくれた母の気持ちを思う。
息子に「鶏肉警報」とメールを打つと、
「新年会で火の通ってない鶏肉が出たので作り直して貰った」
という。
その新年会は娘が焼き鳥を食べたのと同じ日だった。
やれやれ、どうぞ無事でありますように。