いつもココロに太陽を!

~ Me Hana O Ka La I Ka Pu'uwai ~

ベトナムノート2015:day1-ノイバイ空港から一歩出ると・・・

2015-06-20 | ベトナムノート2015
ベトナム社会主義共和国の首都・ハノイの NOI BAI国際空港 に着きました!




失礼ながら、勝手に描いていた脳内想像より立派な空港




新しくてピカピカなんですけどぉ~?




デン。
ノイ チュイェン?

ふりがな(英語表記)がなかったら何のことやらさーーーっぱりわからない!


飛行機を降りたら、おトイレに駆け込む人、一服したい人
そんな私たちを毎回添乗員の石川さんが数えてくれます。
1
2
3
4・・・



ウエルカムフラワーにはとてもお国柄が出ていて、ハワイならレイ、韓国ならぎっしり固めた感じの束。
ここベトナムでお友達を待つ彼の花束も、デコラティブで珍しいものでした。

そしていつも思うのが、やっぱり日本の花束のさりげなさが一番好きだなぁ~


空港内から「バス乗り場に移動しますよ~」と団体さんは外に出ます。


きれいなガラスのドアを一歩出て・・・
そこで全員から声が上がりました。

うわーっ!
ひゃぁぁ~!


そこはまるでスチームサウナ?
一気に熱気+湿気が押し寄せて、マジで驚きました。

「空港の中は空調完璧だったんだねー」「こりゃ暑いっ

今年のベトナムは40年ぶりの暑さらしく、今年だけで何回かの40℃超えを記録しているそうです。
湿度の高い日では95%なんて日もあるらしく、考えらんないね。

ちなみに今日の気温は37℃
40℃を体感した地元の人は「過ごしやすい~」なんて思っていそう。
(通常35~37℃)





乗り込んだバスはこんな感じ。
中華風のヘッドカバー
台湾バスのような無意味なポンポン装飾はなく(笑)、フットレストもある新しいバスです。
何より贅沢だったのは、40人乗りの大型バスに20人で乗るので1人2席分を使えること。
それぞれの席に座り込みここからバス移動が始まりました



青い空。
そして本当にキレイな空港
この空港は今年の2月にオープンしたそうです。

「日本のODAを使って造られました。」(ガイドさんの解説)

ODA・・・。
ニュースではよく耳にします。
たしか「政府開発援助?」とか言わなかったっけ?
Dはおそらく「開発」を意味する「デベロップ」だろうけど、OとAが何の略かわかりません・・・(恥ずかしながら)
後で調べるようにメモメモ・・・

O・・・Official
D・・・Development
A・・・Assistance

日本政府または政府の実施機関によって、開発途上国の経済・社会の発展や福祉の向上に役立つために行う資金・技術提供による公的資金を用いた協力のこと(by外務省)



ガイドさんは「皆さんの税金も使われていますね。この橋もこの道も。ありがとう」

なんだか、嬉しかった。

明らかに発展途上にある国に対して、日本の資金・日本の技術を提供し、その国の人たちの幸福に寄与することがODA。

古館さんが「日本のODAでどこそこが・・・」と言ってても、その画面を興味深く見ることがこれまではなかったけれど、
なるほど
こうしてODAは本当に形になっているんだ。

百聞は一見にしかず。
実際に見ないとわからないワタシにはこのピカピカの空港がとても親しみ深いものに思えてきたし、これからはどこの国のどんな分野に役立ったか、ニュースをしっかりと見るようになるでしょう。

そしてこの先、日本とベトナムが企業進出を通して深く結びついているということもたくさん目にすることができました。
(日本人の駐在は2万人。日本企業は400社ぐらい来ているんだって)




これは管制塔かなぁ?




コーディネーターでもあり、ガイドさんをしてくれたのはフンさん。

フンといってもあの「ふん」ではなく、
発音するなら咳をするように「フンッ!」と言うんだって。
(難しいよね)

フンさんは自分のことを「僕の名前はフンです」としか言わないの。
それが「鈴木フン」なのか「フン良夫」なのかこっちとしてはわかんないわけよ。

後ほどフンさんのファーストネームとラストネームを確認したら、
「ベトナム人は苗字の種類が少ない(同じ苗字の人が多い)ので、たいていが名前(親がつけた名前)しか名乗らない」んだって。

グエン、チャン、レだけで全体の60%。
ファム、フイン/ホアン、ファンまで加えると国民の75%になる(by Wiki)


そりゃ苗字が少ないわけだ。
日本中が佐藤さんと高橋さん、みたいなもんなのね。



姓・ミドルネーム・名の3つで構成されるベトナム人の名前。
(例:ホー・チ・ミンのような)
つまりフンさんの名前は山田・ヴァン・フン・・・みたいなことだね。

フンさんのフンは意味は「興」。
「栄える」という意味の「興す」が親のつけてくれた意味なんだって。

また、男女は結婚しても別姓のままで、子供はパパの姓を名乗ります。
(韓国と同じだね)



こんな感じでお勉強的に進むよ、今回のブログは(笑)

だって、ワタシにはまったく知らない国。
ただ車窓からの景色を「きれいねー」で写しただけじゃつまんない。

自力で得られる情報は少ないので、どんどんフンさんに質問して、少しでも見聞を広めたいと思ったの。

もし退屈だったら斜め読みしてかまわないからねー





ベトナムの特徴的な一般的な家の外観。



間口が狭いっ!

かつてフランスの植民地だった時代、フランスは間口の広さに対して住宅の税金をかけたんだって。
間口の広い家は税金がたくさん取られちゃう。
だからこんな間口が狭く奥行きの長~い家が建てられたらしいよ。




とうもろこしやレモン畑が広がる景色。
ハノイ人口600万人のうち、農業従事者が6割強という農業の都市なんだ。




屋根の上には地下水をポンプでくみ上げたタンクが乗っています。
これがないと、水圧が弱いので生活にならないらしい。




日本のキヤノンが建てたなんやらのツインタワー。
社宅だったっけな?(よくわかんない)

けど、こういった高層ビルがずっと続く平野の中に突如現れると、やっぱり日本の力を感じますね。




フランスの建築様式の名残がある家屋。
窓枠が重厚ね。
可愛いっちゃ可愛いんだけど、なんか、上に増築を重ねたかのように統一感がないデザインはどうしてなんだろう~?
(フロアごとにデザインが違うとか)



車窓の変化が楽しく、空港からハノイ市内まで40分の道のりは目がランランで
顔を右に左に大忙しのワタシでした。




ハノイ観光名所のひとつ、『ホーチミン廟(びょう)』
今日は車窓から。
ここにはホー・チ・ミンさん(通称:ホーおじさん)のご遺体が安置されています。

ホーおじさんについてはまたのちほど。

ベトナムノート2015:day1-機内で観た映画は・・・

2015-06-19 | ベトナムノート2015
映画を観ようか・・・
それとも寝ておくべきか・・・
なんたって荷造りがヘタゆえか、夕べは2時間しか寝ていないんだ

迷いながら一応映画のラインナップを調べました。
(マツコのバラエティ番組とかもやっていて、オットは珍しく隣で大笑いで観ています)



実写版の『シンデレラ』
ジョニー・デップの『チャーリー・モルデカイ』
日本映画からは『神様はバリにいる』
など・・・

そんな中「あれ?これ聞いたことがあるタイトルだなぁ。」と思ったのが、
『国際市場で逢いましょう』

どんな映画だっけ?とあらすじ(キャスト)を見て思い出した!
韓国通の23ちゃんが新宿で観て、大絶賛していた映画だわ。
韓国歴代2位の興行収益(観客動員?)になった映画なんだったね。

彼女のブログを読んだ時、
「私も観たいなぁ。でもわざわざ映画館には行けないかなぁ。ビデオになる頃には忘れちゃうしなぁ。」
と思ったの。

ここで会えたのも何かの縁
主役が純朴青年を演じたら右に出るものなし(と私は思う)のファン・ジョンミンだもの!

観ます、観ましょう、はいスタート!





朝鮮戦争の真っ只中、一家は北朝鮮に暮らします。
軍を進めていた米軍は中共軍に包囲されたため進軍をやめ、拠点としていた興南(フンナム)という場所から撤収することになりました。

アメリカの大きな戦艦が何艘も港に着き、それにあわせてそこに住む北朝鮮民が「私も連れて行って」とばかりに港に押しかけます。
船に積むのはアメリカの大切な武器・戦車・・・
人間は置き去りのはずでしたが、説得に応じた司令官は「武器を捨てて人を乗せよう」と決断します。

大きな鉄のドアが開き、戦車が出てきた隙間から人間が船の中になだれ込みます。

どの船に乗ろう?
家族の手を離さぬように走るお父さん。
転んで泣く子供。
起こし上げてくれる親切な他人はそこにはいません。

23ちゃんの「全編号泣」の言葉が既に脳裏にある私は、この壮大な引きの映像からもう涙でした。
難民とはこうして生き延びるのか。
北アフリカの難民船の転覆がニュースになっても、想像力に乏しい私にはリアル感がなかったけれど、
こうして、人は争いながら我先にと船を目指す・・・
この映像が恐くて恐くて苦しかった。

鉄のドアがダメなら渡し舟で船の側面から乗ればいい!
今度は小さな船に人が押しかけ、ドクスの家族もその船に乗ります。
「ドクスや!妹の手を離すんじゃないぞ!」
父の言いつけを必死に守り、末の妹をおぶいその手を押さえ、船の横から縄のはしごで乗船を目指す・・・

あと数段・・・もう少しで船のへりに着くとき、すごい勢いでその下からはしごを上ってきた男の手で妹の腕ははがされ、ドクスの肩はふっと軽くなるのです。

海に落ちたのか、小船に落ちたのか・・・
船のへりから末娘の名前を叫ぶ家族。

ドクスの父が「これからはお前が家長だ。家族をしっかり守れ。わしもあとから必ず行くから」と言葉を残し、船を降りて娘を探しに行きます。

船は無情にも出港し、家族が住んでいた村は爆撃で赤く燃え・・・
「父さーん!」と叫ぶ家族・・・


物語はその後のドクスの生涯を描きます。


避難民となった家族は、釜山のおば(父の妹)の家に世話になり、国際市場で暮らします。
ドクスは家長としてお金を稼ぐために頑張ります。

片時も忘れたことのない父、そして末の妹・・・

南北戦争が一時停戦の日を迎えても、そこからは南北分断が始まるのです。
戦争が終わっても家に帰ることができない理不尽は何故なのか・・・

それは今も続く離散家族の実態をまざまざと現していました。



金になると聞けば西ドイツまで炭鉱夫として働きに出、歯まで真っ黒にして仕送りを続ける青年ドクス。
危険と背中合わせの作業場で、自分の夢も捨て弟や妹の学費、家族のために働きます。

夢も希望もないような生活の中で出会った女性、ヨンジャ。
人はどんな絶望の中でも愛を知るとこんなにも気持ちが浮き立つものなのかしらと、恋するドクスに涙が止まりません。

契約が切れて釜山に戻ると、今度はベトナム戦争へ技術者として志願します。

いくら家族を守るためといっても、自分の子供はどうなるの?
私はどうなるの?

「あなたの人生なのに、そこにあなたがいないじゃない」との妻ヨンジャの言葉に泣きました。
同じ女だからか、この言葉がしみました・・・

それでもドクスは一家の家長として「大丈夫、大丈夫」と笑いながらそれが自分に与えられた使命と出稼ぎに行くのです。


期せずしてこのベトナム行きのの中でベトナム戦争のシーンを観ることになりました。

一服の清涼剤であり、ヒーローとして描かれている兵隊ユンホ(東方神起)。
軽快で素敵だった~(笑)

映画の中でファン・ジョンミン(ドクス)は「カムオーン」というベトナム語を使いましたね。
(=「ありがとう」私がこの旅に備えて覚えておいた2つの内の一つです。もう一つは「こんにちは」という意味の「シンチャオ」。
この2つだけでこの先のベトナム旅行を切り抜けようとしています!)

このあと、物語はここで書いてはもったいないような出来事が起こります。
昔の日本にも同じような出来事がよくあったよね。
桂小金治を思い出したのは私だけではないはず。


月日がたち、白髪になったドクスはたくさんの子供や孫に囲まれながら暮らしています。

「わしは本当は船長になりたかった」
ヨンジャにそう語るドクス。

彼の人生に彼はいたのか。
胸が苦しくて私はどんどん泣きました・・・
飛行機のゴーッの音が私の嗚咽をかき消してくれるけれど、
隣でマツコを観ている夫が驚いて覗き込むほど機内食のナプキンを手にヒックヒックと泣きました(笑)
(おかげでコンタクトのドライアイが一気に解消!)


父との待ち合わせ場所だった国際市場の「コップンの店」ももう手離してもいいよ。
今度こそ売りに出そう。
わしがこんな年なら、親父ももう生きてはいまい・・・

コップンの店にはそんな意味があったんだ。


父さん。
僕の人生もなかなかだったろう?
僕は必死に頑張ったよ。
でもね、父さん・・・
本当はとても辛かったんだ・・・


あの日、船の上で、父がドクスの身体にかけた父の上着(着物)を抱きしめて泣くドクス・・・
(今でも書きながら涙がツツー)


《 国際市場で逢いましょう 》

やばい映画です。
家族の人生を支えきった素敵な男の物語。
切なく、そして心が温かいそんなお話でした。




ベトナムノート2015:day1-機内食

2015-06-19 | ベトナムノート2015
8:55AM。
ANA857便にて北ベトナムのハノイに向けて飛び立ちました。
5時間半のフライトです。

便も航空会社も選べない団体ツアーでしたが、運良く手持ちカードにマイルも貯められてラッキなスタートでーす!




今回の飛行機は前回の台湾(チャイナエアー)よりさらに進化して、目の前のTVでミールメニューも知ることができました。
(早いもん勝ちで予約もするのかしら?と少し焦りました・・・が、予約はありません。献立紹介のみ)

普段なら絶対にやらない数独のゲームやブロック移動のゲームにも挑戦しちゃおう♪




どうしよう?
荷造りが下手で睡眠時間2時間で来てるのに、やりたいことが多くって寝るタイミングがないわぁ



さて、お約束の機内食ですよ

ワタシは和食のメニューを選択しました。



たらの煮付け丼、おうどん、もやしのナムル、それにお饅頭でした。
ANAなんてワタシは何年ぶりかなぁ。
国内はともかく海外で乗るのは本当に久しぶりです。
いつもサービスとは無縁の(?)アメリカのエアーばかりですので、この機内食のおいしさは言うまでもありません・・・
お味噌汁ともこれでしばらくお別れかなぁ。



オットは洋食のメニュー。



チキンのハーブソテー、スモークサーモンのマリネ、フレッシュサラダ。
スモークサーモンにはちゃんとケッパーまで入った本格的で美味しいの!


私たち一行は一応業務?(海外視察)・・・なわけですから、
この手のものに初参加の我が家はどこまでくだけていいものか・・・と悩み、
一応失礼のない格好(ファッション)で空港まで行きました。
(オットはリネンシャツにロングパンツ)

しかし緊張したのもここまで。

機内食とともに、あちこちからシュポッ!というビール解禁の音が聞こえ、
「大丈夫みたい」とオットも安心して缶ビールを頼めたようです

そして心配御無用!
この音は、この一団のこの先のビールじゃんじゃん旅の祝砲だったのです(笑)

ベトナムノート2015:day1-結団式

2015-06-19 | ベトナムノート2015
ひょんなことからお出かけすることになったベトナム日記、書いていきますね。

今回もワタシの旅のお供はこのノート。



この前まで「台湾ノート」として活躍し、今回はベトナムのことを26ページにわたってしっかり記録して来ましたよ~。
(不思議と車の中で書いても酔わなかったの!メモ魔としては優秀(笑))
その時芽生えた感情とか、時間経過とともに忘れちゃう前に書いておくんだよ。


全部をブログにしないまでも、あとで読み返して自分が楽しいのがMyベトナムノート


今回はオットが海外視察としてベトナム行きとなり、そこに「自費でなら」家族の参加も可、という不思議な形態でした。
これまではオーシャン方面にばかり目が向いていて、あまりアジアに興味はなかったけれど、
そんなワタシでもずっと行ってみたかったのが唯一ベトナムでした。
潜在意識の中での優先順位でいったらずっと1位だったかも。
(ナゼだかはわからないのだけど、ずっと呼ばれていたような・・・)

なので渡りに舟とばかり、自己負担を支払って一緒についていく事に。
オットを1人行かせて感想を聞くだけなんて、きっと耐えられないもん!


今回の一行は全20人の団体ツアー。
添乗員さんも一緒のツアーなんて、何十年ぶりでしょう?

Zカウンターの前に集合し、チェックインを済ませたら『視察団』の結団式がありました。



そもそも出国ゲートのすぐ横に会議室があることも知らなかった!
ロビーで輪になって挨拶するんじゃ周囲の目が気になるなぁと思っていたら、こんなお部屋がいくつかあるんだね。

そこでは団体ツアーお約束のお土産の斡旋紹介があり、自己紹介もありました。



「団長の○○です。皆さん本日は…」
「○○所属の××です。団長はこの旅のリーダーですが夜の団長は別にいましてぇ~・・・」
「えー、夜の団長の○○です。夜のことでしたらぁ・・・」

こんな風に笑いありの和やかな自己紹介が進みます。



おそらく(職場が一緒の)顔見知りや何度かの視察に同行しているメンバーがいて、自然と役割分担(キャラクター)ができているんだわ。

ならばワタシもと、
「モアイの妻で今回ご一緒させていただくことになりましたMarchと申します。
オットと片時も離れたくなくてぇー(ゲラゲラ)
夜が心配なのでついてきちゃいました(ドッカーン:拍手)」

まずはつかみはOK!?のようです。

みなさんとても明るい方たちで、年代こそ何層かに分かれていますが、
日々の志は同じ方を向き、日本経済をある側面から支えている同業社の一行です。

楽しい旅行・・・じゃなかった『視察』になるといいな。
さぁ、出発しますよ。

ベトナムノート2015:day1-行ってきます!!

2015-06-19 | ベトナムノート2015
羽田の朝は早い…
睡眠2時間で空港に着きました。

さて、いきさつはともかく、ベトナムへ行ってきます。
6月の江戸小路は紫陽花の花(生花)が飾られています。
4月は確か桜でした。



7時に近くなってきたら、空港も目覚めたかのように、活気がでてきましたね~。

新しい1日の始まりです。

しかし眠い…

行きのフライトで何か映画を観たいと思っていたけれど、5時間半の空の旅は寝て過ごすことになりそう…



生まれて初めて、自分のスーツケースを買いました。

これまでは旅好きだった叔父からのお下がりや、オットの知り合いからのお下がりやらで、渡り歩いてきたの。

サムソナイトの良品を最後に使っていたのだけど、一昔前のそれはかなり重く、やはりこの時代、特にアメリカ便対策に軽いのが欲しい…
ならばこの機会にと買いました。

もうさっそく擦ったようなキズがつきました…
それも旅の勲章と、気にしない気にしない…
(バリバリ気にしてる証拠よね~ 笑)



最後に(あ、縁起でもないか)
記事の結びに今日のファッションチェックでーす。

今日はデニム on デニムで
ガウチョパンツをチョイスしました!!

ウエストゴムで機内も楽々~(の予定)

難航したサンダル選びは諦め、
はきやすいレインパンプスに。

では、本当に行ってきます!!

Pin’ Dom!

2015-06-17 | Weblog
小3-4時代のクラス会をここ半年で2回やりました。

その2年間の担任だった先生と40年、繋がっていた子が何人もいるのを知らなかった。
えらいなぁ。

ワタシはどこから年賀状をストップしたんだろう?
なんとも不義理なワタシです。

ワタシが結婚して以降20年、事実上年賀状しかやり取りしていなかった小-中時代の一番の親友から留守電をもらい、クラス会をやるってさーと聞いたのは半年前。
今さら行くのかしら・・・ワタシ
と一瞬悩んだけれど、今さらだから行くべきなんだわ。

中学の時は毎日何をするにも一緒で、高校で別になっても頻繫に会っていた彼女。
何より、20年行き来がないなんて、その親友に対しても大きな声で「親友です」とは言えないじゃない?
(もちろん、会えなかったらそれは親友じゃないという意味ではなく)
会おうと思えばワタシがいくらでも出向けばいいものを、彼女が少し遠い所に越したのを理由にそれをしなかった。
会いに行かぬ間に彼女は何度も大病もしたらしいし、それを知らなかったなんて、なんて罪作りなんだ、ワタシ。
その時間を埋めるためにも、彼女に会えるだけでもワタシ、行かなくちゃ。
お互いがお互いを特別な存在と思い続けてはいたんだもんね。

それが半年前。

40年ぶりでパッと見た友達の何人かは、一瞬では思い出せず、それでもひらめきのように急に浮かんだ名前を一か八かで言ったら正解~!なんてこともあり(笑)、あっという間に懐かしい小学校の○○ちゃんが蘇ってきたんだよね。



そして今回。

なぜここまで頻繁に企画するのかというと、先生が難しい病気になりいつ会えなくなるかわからないらしい。
もちろん、死に至る病気ではないのだけれど、体の自由がきかなくなってしまうことはあるらしく、クラス会を企画しても「当日の体調でドタキャンも堪忍してくれな」という前提なんだ。

だから私たちは先生のご自宅のすぐそばの割烹に集まるの。

ワタシの家からは少し遠い。
でも同じ首都圏。
東京を通り過ぎて行けばいいだけの場所だもん。
いくらでも出向こうと決めたんだ。

前回は奥さんが帰りに車椅子を持って迎えに来たことを思えば、今回の先生はすこぶる体調がよく、行きも帰りも自分の足で歩いていらしたの。

今回は先生の67歳のお誕生日会を兼ねて、



ビンゴをやったり、
社長さんをしている男子からはドンペリの差し入れもありました


「ドンペリはいりましたぁ~」

死ぬまで飲むこともないだろうと思っていたピンドン
やっぱりみんな写真の撮りっこになっちゃうよね(笑)



先生も「こりゃすごい」とご機嫌で「おひとつどーぞ



肝心の味はというと、ワタシには所詮辛くて酸っぱいシャンパンでしかなく・・・
シャンメリーの方が飲みやすい・・・とは間違っても言えないけれど
まぁ、人生経験としては貴重でした。
ありがとう!O君!



美味しいお料理と、大きなケーキ



自分の結婚式のケーキより大きいと驚く先生。
みんなも「これは何号と言って頼むのかしら?」
(食べきれない半分はお店に差し入れさせていただきました)

  

ワタシとA子がフラをやっていることが判明した前回。
聞けばA子は日本でも5本の指に入る大きな(実力のある)ハラウに所属し、フラのオリンピックの大会の前夜祭でステージをつとめたこともあるらしい。

それはすごいねぇ。
いい体験だね。

今回、先生のお誕生日と知らない頃、ワタシがA子にメールして、
「今度のクラス会で2人で踊ろう」と提案をしたの。

フラは各ハラウで振りが違うこと。
(知らない人には「流派の違いです~」というとたいてい理解してもらえます)

フラにはいくつもの振りが存在することを知らない人は多く、
その「流派の」違うフラを同時に見てもらうことなど、ハワイに旅行していてもできないことなので、ここはわざと、ワタシとA子でいかに振りが違うかを見てもらうのも面白いと思うのよ。

てなことを提案したところ、
大きなハラウで群舞しか踊ったことがないA子は
「メールを読んだだけでドキドキしてきた!」

一方こちら、由緒(だけは)正しき極小ハラウ。
ソロもペアも経験済みで、逆に大人数の群舞に憧れがあるくらい(笑)

曲はA子が前夜祭で踊った曲でいいよ。
それなら2日前の提案でも身体に染み付いているでしょう?

そうしてワタシは簡単な配布資料と音源を用意し、A子と割烹の個室で踊ったんでした


(Ha'inaの瞬間)

「自分1人で自分のフラに責任を持つこともなかったから、とても貴重な体験だったわ」とA子。


(Puaの瞬間:再生はできません)

へぇ~
本当に振りが違うんだねぇ。
同じ意味を踊っても、こうも表現が違うんだねぇと、みんなが楽しんでくれました。

思いがけずお誕生日会のサプライズになっちゃって、先生も「今日は色々勉強になるなぁ」と楽しそうでよかった!

※A子のハラウが外で踊る時に届出が必要かとかよくわからないので、色んなところがいろいろ伏字でスミマセン(笑)




ケーキ帽がすっかりお気に召した先生は「じゃあ俺も、歌うかな。」と立ち上がり、
閉めの挨拶の代わりに「オリビアを聴きながら」を歌ってくれました。

40年以上前・・・
大学を出て初めて受け持ったクラスが私たちのクラスで、
バンカラな下駄をはいた先生はいつもフォークギターで歌を歌ってくれたの。
「草競馬」の替え歌・・・
どこでどう覚えたのか知らぬ間に身についていたけれど、そうか!先生に教わったんだね

いつも授業の最後にみんなで歌うもんだから、隣りの学年主任の先生からは毎回大目玉を食らっていたらしい。

そんな先生が病気を発症し、自分を受け入れるのにずいぶん時間が要ったと言いました。
タイマーをセットして、宴会の最中でもタイマーが鳴ったら正確に服薬をするの。
それが大事なんだと。

20種類もある毎日の薬の1つを変えたらすこぶる調子が良くて、ここ数日はとても元気だと。
先週の様子だったら来られなかったと思うと。
まったく、小さな一粒がさぁ、すごいもんだよな。



私たちの次回の集まりは新春1月に決まりました。
韓国にお嫁に行った子や、兵庫の男子も帰ってこられたらいいね。
みんな来たいと言っていて。

ワタシとA子のフラは次回も踊ることになりました(笑)
(ダメと言われてもやる!)
「そのうち衣装揃えちゃうんじゃないのー?」とからかわれたりして


人生も折り返しを過ぎこんな集まりが増えたけど、
それが貴重だと思える年齢に・・・確実に!なりましたね。


仙台麩 LOVE♪

2015-06-16 | クッキング
はまっています

仙台で買ってきた仙台麩(あぶら麩)。



牛たん屋さんで食べて、翌日デパ地下で買いました。



ザクザクとカットして・・・

お水でもどすだ、お湯で下茹でだと、クックパッドにはあるけれど、
「そのままが美味しい」と言う人のを信じ、そのままお出汁で煮るだけ。

実に簡単。



手間といったら好みのお出汁をとるところまで。
あとは柔らかく(汁を含む)なるまで煮て、そのまま会社に出勤~。



お出汁のしみこんだあぶら麩は、もっちりもちもちで美味しい~
グルテンって素晴らしいわねぇ。
油の香りも香ばしいの。

冷蔵庫で冷やしても美味しいよ。



あー、あと1本でなくなっちゃう

どこかで東北物産展やってないかしら?

台湾side story-会社へのお土産は・・・

2015-06-16 | 台湾ノート2015
台湾ノート2015、これが最後の記事です。
お付き合いありがとうございました。

今年はどうしたことか、引き続きベトナムノート2015が始まる予定です(笑)
よろしかったら遊びに来てくださいね。


  


さて、仲良しの職場の子にはパイナップルケーキやフェイシャルマスク、キラキラチャームなどを買いました。

問題は職場の人たちです

ちょうどこの頃、大きなプロジェクトがあって、大学生の入力要員をワタシのフロアだけで13人も頼んでいたの。
(彼らは短期。1週間でいなくなる)

職場のお姉さんは
「いいのよ、いつものメンバーだけで」
と言うけれど、ここに配って次はスルー・・・

ワタシにはできないわ


けど、ミユキのように全員に1個200円のパイナップルケーキを買うこともできないよ・・・

どうしようかなぁ?

ヌガー?
黒炭クッキー?

台北101の地下にある成城石井(正しくはJASONS)でミーちゃんと、なんとか台湾らしいものはないかしら?と悩んだの。

そうして決めたのが、こちら



烏龍茶とシロップで漬け込んだ柔らかい梅。

これを2袋買って配ることにしよう、そうしよう。


帰国後の初出勤の日。

お茶の時間に、いちいち
「台湾に行ってきました~」と言って回るのも、殺伐と忙しい空気にはひんしゅくものだし、
ワタシはあらかじめ工作をして、黙々と配りましたよ。



小ぶりな梅なら2粒を。

添えて出したお茶は、さすがに今回買った「文山包種茶」は惜しくて出せなかったので(笑)、
楽天で買って自宅用にしていた「鉄観音茶」。

大学生は「うわ~ごちそうさまですっ!」とみんな礼儀正しくお礼を言ってくれました。

こんなんで勘弁してください



台湾side story-パイナップルケーキ比較

2015-06-16 | 台湾ノート2015
台湾のド定番お土産といったらパイナップルケーキ

ワタシが「知らなかった~」と言ったら、会社の真紀ちゃんに
「○○さんのお土産で食べてる」と怒られたんでした。
(何も考えてないのがバレるね)

それほど印象になく、大して好きでもなく、当の真紀ちゃんにも
「パイナップルケーキはいらないよ」と言われていたの。

ならば代わりになるお土産はあるのかしら?と見てみれば、「ヌガーが有名」とな。
ヌガーなんて、歯の詰め物が取れる!と怒られやしないかしら?

  

2日目の朝、豆乳のお店に行った際、帰りにのぞいたふわふわ蒸しケーキのお店で
ワタシはたくさんのパイナップルケーキを試食してみました。

ん?
美味しいじゃん

そこには三種類のパイナップルケーキがあって、
甘め・酸っぱめ・・・あと何だっけ?

何度も3つを食べ比べ、中のパイナップルがより繊維質なもの・・・つまりはジャム状じゃなく、パイナップルの繊維と歯ごたえが残っているもの、そして酸味の強いものが気に入って、そこでばら撒き用のケーキを全て買ったの。

お店の人いわく、安いお店のパイナップルケーキは中身に大根や冬瓜を使うこともあるんだって。
パイナップルにも甘いパインと青いパインがあって、たぶんワタシが気に入ったのは青いパイナップルを調理したやつじゃないかしら?




ワタシが一気買いしたのは下の茶色い袋のもの。


では上のは・・・というと、
こちらは日本の表参道にも出店している「SunnyHills 微熱山丘」のもの。

こちらはエシレバターをふんだんに使ったという贅沢な品で、クンちゃんが代表で買ったのをみんなで割り勘にしたんでした。

さて、会社で1個、モアイ君と1個・・・
高級ケーキと食べ比べをしてみましたよ。



まず、モアイ君の印象は・・・
「なんだかよくわからん。どっちもどっち」

はい。
彼はこういう人です。
聞いたワタシがアホだった。

続いて職場。

サニーヒルズのは確かに周りのビスケット部分が違う~
これがエシレバターなの?
けれど中のパイナップルはどちらも甲乙ない状態で、どちらも繊維があって美味しい。
あえて言うと、中のパイナップルを楽しみたい人には、バターの香りの強いビスケットじゃなくてもいいかもしれない。

これが会社の子達の感想でした。

トータルすると、サニーヒルズはビスケット・パイナップル、両方が高級品。
これひとつで立派なケーキ。
表参道とこの台湾製のでもまた味が違うとのことでしたが。

一方、満福堂さんのは、周りの主張がない分パイナップルの香りと繊維、そして酸味が楽しめて、これはこれで充分!



好みの問題もあり予算の問題もあり、どちらが良いとはいわないけれど、これらは@3~40円違います(サニーヒルズが高い)。

次に買うときの参考にしてね



ミユキちゃんが人数の多い職場に、ネームの通ったお店のを爆買いしていました。
旅慣れている女性が多い厳しい職場。
「○○(どこどこ)のケーキでぇーす」と配る必要もあるのでしょう。

確かに、ワタシもハラウで配った時、「どちらのパイナップルケーキ?」と聞く人がいました。
そこで「オ-クラのよ」「サニーヒルズのよ」これが必要な場合もあるんでしょうな。
私は自信を持って「善導寺の満福堂っていうところを見つけて買ってきたよ~」と言いました。
「美味しいから食べてみて」とも。


いずれにしても、今回のパイナップルケーキは概ね好評で、
会社の真紀ちゃんとアキちゃんの印象も、
「パイナップルケーキは美味しいんだ」と大きく変わったそうです。
もちろんワタシも

台湾side story-おトイレ問題

2015-06-16 | 台湾ノート2015
生きている以上、避けては通れない「おトイレ問題」。
おトイレ先進国の日本からしたら、どの国に行ってもおトイレは物足りないものでしょう?
それほど私たちの日常は恵まれていますよね。

その観点から体験したことを少し書いてみます。


  


そもそも、台湾のガイドブックにも、
「トイレットペーパーは流さずにゴミ箱に入れます」
と書かれていました。

  

これまでそういう国に行ったことがないので、イマイチピンと来なかったのだけど、
一応予備知識だけは持って行きました。



ふんふん・・・

使用後の衛生紙は直接投入 馬桶へ

確かに、そこそこ新しいデパートでも個室ごとにBoxがあり(ホテルの部屋にはなかったが)、
念のために覗くと、そこには皆さんの使用済みティッシュが入っているんですね・・・
(結構ショックです)

はーい
ワタシも、ウマオケに入れますとも!

水圧の弱い台湾では、ティッシュが流れにくい・・・

気をつけなくちゃ~とおトイレを利用し、「捨てちゃダメ捨てちゃダメ」と口で言いながら
「あっ!捨てちゃった!」とうっかり手を離してしまうこと数回。

いや、正直に告白しよう。

この旅でワタシが入ったおトイレの数「10回/日」として3日で30回。
ワタシがそのうち、きちんと馬桶にティッシュを入れられたのは10回ではなかったかしら?
3分の1・・・

ワタシには特に洋式が難しくて・・・

50年間培った便器に紙を捨てるという行為

変な話だけれど、拭いた紙を外(目の前)に取り出すことが習慣としてないもんだから、
捨てない捨てない・・・と言いながら拭いたと同時に「あっ!」と手を離しちゃうの。

和式だと、馬桶がいやがおうにも目の前にあって、かなりのプレッシャーだから大丈夫。
洋式だと、馬桶が背中側にある場合もあり、「あっ!」の繰り返し。

「またやっちゃった」と友に外で報告するワタシ。

けれど一か八かで流せば、ティッシュが流れてくれるからまだ助かってたの。


  


ところが。
お茶をみんなで買ったきれいな茶芸館。

ここはおトイレがとても可愛らしく、用を足す前に写真なんか撮ったんだ。



おトイレの中に観葉植物だよ
すてきねぇ。

ここには洒落た箱の中にクリネックス仕様の柔らかいBoxティッシュが入っていたんだ。
ふ~ん、ロールペーパーじゃないのねぇ。
お尻に優しいわねぇ。
でも、こんな可愛いお店でも馬桶があるんだわ。
気をつけなくちゃねー。

ふんふん♪と用を足し、うっかりまたしても「あっ!」と手離してしまったワタシ。

「ごめんなさい」と心の中で謝って水を流してみたら・・・

ジャーッ
ゆらゆらゆら・・・

ワタシのティッシュは流れず水面でダンスを踊ってる・・・

え?

もう一度。
お水がたまるのを待ってジャーッ

ふわふわ~ゆらゆら~らんらんらん~

ワタシのティッシュは流れません


もう原液はだいぶ薄まっただろうし(笑)、ワタシは意を決してゆらゆら踊るティッシュを手づかみですくいました(ティッシュも溶けないんだね)。


何度も馬桶を無視したワタシへの天罰が下った瞬間でした


ごめんなさい

今度台湾を旅する時は100%馬桶を利用できるよう、気をつけます

みなさんもお気をつけくださいね。