語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】『十五の夏』 ~1975年のチェコ(4)~

2019年01月24日 | ●佐藤優
 <チェコのシュニッツェルは実においしい。日本の肉屋で売っているトンカツよりは少し小さい。小学生の頃、団地のすぐそばにある商店街の木村精肉店で買ったハムカツを思い出した。シュニッツェルの場合も、肉をたたいて伸ばしてあるのでハムカツのようになる。もう一度、売店に並んでシュニッツェルを買った。
 共産圏に入って2日目なのに、早く西側に出たくなった。スイスでは、食事を取るのも列車の切符を買うのも日本と同じ調子でできた。しかし、チェコスロバキアではすべて勝手が異なる。プラハ中央駅の切符売り場にも「INTERNATIONL(国際)」と表示された窓口がある。しかし、そこでは切符を売ってくれない。大学の寮を開放してユースホステルになっているのだが、そこには泊めてもらえない。なんでこんな状態になっているのだろうか。僕にはよくわからなかった。
 プラハの中央駅のベンチに僕は6時間以上座っていた。ベンチからホームが見える。しかし、列車があまり出入りしていない。1時間に2~3本の列車しか往来しない。東京駅、上野駅ならば10分刻みくらいで、あちこちのホームから列車や電車が出発したり、到着したりする。チューリヒの中央駅にも、ひっきりなしに列車がやってきた。しかし、プラハはそうではない。それから、人間の歩くスピードが遅い。制服を着た軍人が多い。客車はすべて深緑色に塗られているが、どれもとても古い。そして、列車はいずれも超満員だ。デッキまで人があふれるほど乗っている。古いフランス映画『禁じられた遊び』で見た駅のようだ。そんなことを考えながら、駅の様子を見ていると思ったほど退屈しなかった。正直言うと、「一刻も早くここから逃げ出したい」という思いがあったので、退屈している余裕などなかった。
 ワルシャワ行きの列車が到着した。プラハが始発ではないようだ。すでにたくさんの客が乗っている。僕は寝台券に指定された車両に向かった。紺色の制服を着た中年女性の車掌が僕の切符を注意深く見た。それから、パスポートとビザを見せろという。僕はパスポートを見せた。車掌が「ヤーパン」と聞くので、僕は「イエス」と答えた。そうすると、車掌は列車に乗っていいと言った。タラップの階段が高いところにあるので、スーツケースが重く、手間取っていると。車掌が何か言った。僕は意味がわからないので、そのまま突っ立っていた。すると車掌が片手で僕のスーツケースを軽々と持ち上げ、階段を上がって列車の中に入れてくれた。そして、タラップの上から手を僕にさしのべてくれ、僕を引き上げた。すごい力だ。身長は僕より低い160センチくらいしかない。ちょっと小太りだけれども、筋骨隆々としているわけでもない。どこからこんな力が湧いてくるのだろうかと僕は不思議に思った。>

□佐藤優『十五の夏(上下)』(幻冬舎、2018)の「第二章 社会主義国」の「5」から引用

 【参考】
【佐藤優】『十五の夏』 ~1975年のチェコ(3)~
【佐藤優】『十五の夏』 ~1975年のチェコ(2)~
【佐藤優】『十五の夏』 ~1975年のチェコ(1)~


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