著者は、ロンドン漱石記念館長、翻訳家。
新聞配達をしながら大学を卒業後、渡英してホテルマンとなる。働きながら、アダルト・スクールで西・仏・独語を学んだ。
貧しさのあまり、「ホテルの食事以外は、よくてコカコーラにビスケット、ひどいときは食パンに水をつけて流しこむ」日々だった。
ロンドン大学で言語学を聴講するが、早口で聞きとれない。自己嫌悪におちいったときに、かつて留学生だったころの漱石が同じ立場だった、と発見した。
漱石の下宿や彼の個人教師(クレイグ先生)の家を探索。
これが契機になって、漱石の足跡研究に本格的にとり組んだ。
食費をけずって集めた資料がたまっていくにつれ、読みたい、と求める人が増えてきた。
はじめのころは、訪問客があるつど資料をとりだしていたが、後年、家を手に入れて、一部を常設の資料室とした。これを1984年に記念館として一般公開した。
5年間のホテル勤務の経験をいかして、旅行会社を自営。この事業は成功したが、10年めに廃業した。「同じポジションに長くいると、仕事の流れも悪くなる」
以後、渡英当時抱懐していた夢、「日英のかけ橋」に専念する。
本書は、三部で構成される。
第一部は、全体の半分強を占め、滞英24年間の半自伝である。漱石記念館の活動、画家牧野義雄研究など日英文化交流史をスケッチする。
第二部には、英国文化についての短いエッセイを集めた。話題は、パブの楽しみ、紳士クラブの機能と魅力、市民にしたしい美術館・博物館・公園、ふだん着のオークション、英国人のやさしさ、などなど。たとえば、古きよき街なみを語って自動販売機が稀れな点にふれ、日本における自販機の普及は会話の不足、コミュニケーション能力の低下につながる、という文明批評におよぶ。
第三部は、留学を志すひとのための、痒いところへ手がとどくような心得である。
語り口は軽妙。それでいて長い英国生活の体験を背後に感じさせる文章である。
本書をつうじて、10代、20代の者は、型どおりではない生き方があることを知ることができる。
不惑をすぎて惑う者は、自分がほんとうにやりたいことは何なのか、問いなおす機会をもつことができる。
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本書文庫版の刊行当時、さる書評サイトをつうじて、著者と交信する機会をえた。著者のサイトを紹介していただいた【注】。このたび、久々にアクセスしたが、更新をかさねているのは何より。
著者から書評を依頼されたり、著者のサイン入り本をいただいたり、アマチュアとはいえ書評家には書評家の愉しみがある。
【注】ホームページ「倫敦<ロンドン>漱石記念館にようこそ!! 」はその後フェイスブックに変わった。
「ロンドン漱石記念館/草枕交流館(熊本県玉名市天水町)」
「倫敦漱石記念館」
「英の漱石記念館 17年秋に閉館へ 来館者減少で」
記事「ロンドンの漱石記念館 来月閉館へ」(日本海新聞 2016年8月29日)
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□恒松郁生『こちらロンドン漱石記念館』(廣済堂、1994年/後に中公文庫、1998)
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