池田(彌三郎) 東京がいいのか、江戸の引続きがいいのかわかりませんがね、あたしのうちは出入りの職人ていうのがたくさんいました。その職人が、昼間はみんなあたしのうちのお仕着せの半纏を着ましてね、汚れて裏口から入ってくるんですよ。ところがその職人が、お茶の師匠であり、お花の師匠なんですよ。
あたしのうちの仕事を終わって帰りますでしょう。ちょっと湯に入って、小ざっぱりした着物に着替えて、羽織を着て、こんどはあたしのうちの玄関から入ってきます。そうすると、あたしの姉なんかのお茶やお花の師匠ですよ。今度はあたしの親父までもやっぱり下座にすわるわけです。
吉田(健一) それこそ文明ですよ。たとえばね、ロンドンに行くでしょう。ホテルで食堂に行くと、給仕さんが、英語だって敬語があるんですから、ちゃんと敬語を使いますよ。ところが翌日でも、同じ日でも向こうが非番になるでしょう。こっちもどっかに飲みに行ってばったり会う。そうすると対等ですよ、「やァ」とかなんとか言って。あれは、役割ができてないとできないですよ。
佐多(稲子) たいしたことですね。
吉田 つまり本質的には、人間上下はないでしょう。そんなことわかっている。だけど場合によって、こっちが上になったり、下になったりするからこそ文明でしょう。
池田 本当にそう思います。江戸時代からの伝統は、どんな身分であろうと、どんな職業であろうと、このことにかけては一芸に秀でてる人間というのは尊重されたんですね。江戸から東京にかけては、文明社会だったと思いますよ。
【出典】吉田健一『吉田健一対談集成』(講談社文芸文庫、2008)
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あたしのうちの仕事を終わって帰りますでしょう。ちょっと湯に入って、小ざっぱりした着物に着替えて、羽織を着て、こんどはあたしのうちの玄関から入ってきます。そうすると、あたしの姉なんかのお茶やお花の師匠ですよ。今度はあたしの親父までもやっぱり下座にすわるわけです。
吉田(健一) それこそ文明ですよ。たとえばね、ロンドンに行くでしょう。ホテルで食堂に行くと、給仕さんが、英語だって敬語があるんですから、ちゃんと敬語を使いますよ。ところが翌日でも、同じ日でも向こうが非番になるでしょう。こっちもどっかに飲みに行ってばったり会う。そうすると対等ですよ、「やァ」とかなんとか言って。あれは、役割ができてないとできないですよ。
佐多(稲子) たいしたことですね。
吉田 つまり本質的には、人間上下はないでしょう。そんなことわかっている。だけど場合によって、こっちが上になったり、下になったりするからこそ文明でしょう。
池田 本当にそう思います。江戸時代からの伝統は、どんな身分であろうと、どんな職業であろうと、このことにかけては一芸に秀でてる人間というのは尊重されたんですね。江戸から東京にかけては、文明社会だったと思いますよ。
【出典】吉田健一『吉田健一対談集成』(講談社文芸文庫、2008)
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