語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『北欧からの花束 -絵本画家のピクチュアーエッセイ・カラー版-』

2010年05月25日 | □スウェーデン
 著者は、外交官の妻として、スウェーデンとデンマークにそれぞれ5年間ずつ、計10年間北欧で暮らした。
 外交官の名は明記されていないが、北欧の政治や外交について多数報告している武田龍夫か。だとすると、氏の著書がふれていないものを令室が補完しているわけだ。
 つまり、「北欧の国々に住む人々の人生や日常の生活、自然や四季のうつろい」である。

 量的に多く、しかも文章が躍動する主題は、自然である。北欧にだけ咲く花、ブローシッパにふれて、「青い花には空や湖や宇宙を思わせる神秘が宿っている」と書く。
 あるいは、6月、北欧の輝く季節には、木々はわずか1週間で芽吹き、「ライラックは六月の喜びの女王」である。長く重苦しい冬でさえ浄福の世界に出会う。一冬のうちに数回しかめぐり会えないが、馬に乗って入りこんだ森の霧氷にたまたま陽が射すと、木々は白い彫刻かとまがう輝きを帯びる。

 「この雪と氷が創り出す自然の美を永遠にとどめようとした」から、世界に名立たるスウェーデンのガラス工芸が発達した、と著者はいう。
 こうなると文明批評の域に達する。
 世界でも独特の制度、「1%ルール」にも当然言及される。公共建造物の建築費の1%分は芸術に支払われなければならない、という制度である。1930年代にはじまった。学校、病院、保育園、老人ホームが建築されるときには、絵画、彫刻、美術品などが同時に配慮されなければならないのだ。古来スウェーデン人は、環境を大切にしてきた。
 また、ストックホルムの公園の野生の雀は、人の掌からパン屑をついばむ、と著者は感動する。それは、「根底に人々の弱いものへのいたわりや優しさがあるから」だと。

 こうしたスウェーデンが第一部で、デンマークは第二部で、ノルウェー及びフィンランドは第三部で回想される。
 回想のうちに甦る自然や芸術、そして人々は限りなくやさしい。
 遠い過去の話であるにもかかわらず、記憶はじつにみずみずしい。それは、著者が画家という創造する人でもあるからだろう。
 著者自身による絵が本書に多数挿入されている。概して青や白を基調とする淡いタッチで、花や小動物といった自然はもとより、人造の食卓やガラス細工を描いても繊細な命を感じさせる。自己主張しない慎ましい画風で、それが何ともいえぬ懐かしさを呼ぶ。魂にこだまする北欧がここにある。
 文庫オリジナル作品。

□武田和子(文・絵)『北欧からの花束 -絵本画家のピクチュアーエッセイ・カラー版』(中公文庫、1998)
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