語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】風邪をひいたとき寝床で何を読むか

2010年04月19日 | ミステリー・SF
 星新一作品の魅力は、その巧みな話術にある。ショートショート、あるいは短編の命であるオチが効いている。が、すべての作品が水準を確保しているわけではない。
 本書に所収の短編11編のうち、よくできているのは『理想的販売法』。ネタばらしは仁義にもとるから公開しないが、有能なサラリーマンが有能なるがゆえに陥る悲喜劇(本人にとっては悲劇、アカの他人にとっては喜劇)が主題。さりげない最後の一行のパンチは、アカの他人をもたじろがせる。
 ただ、ラストで読者をうまくオトすためには、現実にはありえない状況を、『不思議の国のアリス』のように無理なく受け入れさせなくてはならない。その点、『契約時代』は設定された状況がいささかくだくだしく、理に走りすぎる。
 設定をシンプルにして成功しているのが『華やかな三つの願い』。西欧の名高い童話のパロディだが、きわめて現代的な三つめの願いたるや意表をつく。結末は、モラリスト星新一の面目躍如である。

 完成度という点では、表題作の『午後の恐竜』が質量ともに随一だ。端正な文体で、一見幻想的な物語が展開する。闊歩するさまが見えるが、触れることができない恐竜たち。もちろん物質的被害はない。
 これと同時に、もう一つ別の物語が進行する。こちらは核戦争の最前線に立つ司令部が舞台である。
 一方では幻想的なのどかさと、他方では世界没落の緊迫感と、両者が背中あわせに進行するコントラストが鮮やかだ。
 そして、結末で二つの物語の流れが交錯する。
 じっくり腰をすえて描きこんでいるから、読者は星新一ワールドに抵抗なく引きこまれる。
 冷戦を過去のものとしたの21世紀だが、核の危険が消滅したわけではない。『午後の恐竜』のもたらす恐怖は、依然としてリアリティをもっている。

【参考】星新一『午後の恐竜』(新潮文庫、1977)
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