語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『死体は訴える』

2010年04月24日 | ミステリー・SF
 著者は、カルフォニアにある二つの大学で文章創作を教えた。別の大学で、児童の発達、障害児教育を講じたこともある。本書は、1998年のマカヴィティ賞最優秀処女長編賞を受けた。

 女主人公コナー・ウェストル(37歳)は、ゴールドラッシュの時ににぎわった町、カルフォニアはフラット・スカンクにおける週間新聞発行者兼記者である。半年前まではサンフランシスコの新聞社のライター兼リポーターで、編集もこなした。
 ある日、富裕な未亡人のレイシー・ペンザンスから広告掲載の依頼が入った。幼い頃に養女にやられた妹の所在を知りたい、と言う。ところが、その日のうちにレイシーから電話が入った。取り乱した声で、「広告は取り消す」と。そして、夜、レイシーが殺害された。死体は奇妙なポーズをとっていた・・・・。

 この調査ウーマンのヒロインを先輩にあたるヴィク・ウォーショースキーと比較すると、足を使って事実を集め、真相に達する点で、ヴィクの血を受け継いでいる。だが、ハードボイルド風のヴィクに対して、こちらは幾分コミカルだ。コナーは、年齢のわりに軽い。軽いが、したたかな側面もあって、答えたくない質問は上手に逸らせたりする。
 コナーをとりまく人間関係は、ヴィクのそれよりも濃密である。これは、アメリカ有数の大都市シカゴと田舎町・・・・という舞台のちがいによるところが大きい。

 しかし、一番大きなちがいは、コナーは唇の動きから話を読みとる(読話)人である点だ。ほぼ完全な失聴者、という設定なのである。かの名探偵ドルリー・レーンと同じ立場なのだが、著者はエラリー・クイーンよりもこの方面の実際に詳しいから、細部にわたってリアリティがある。たとえば、唇の動きからはせいぜい3割から5割しか読みとれないからインタビューには録音が必要である(あとで通訳してもらう)とか。
 これで調査、対人サービスができるのか、と怪訝に思う読者がいるかもしれない。が、本書のヒロインは現にやってのけている。著者には実例の裏うちがあるのだろう。

 手話通訳者(もどき)がいる。テレビには字幕が付くし、テレタイプライター(文字電話)で交信もできる。聴者との相違は、若干の「不便」があるだけである。公民権運動の延長上に誕生した「障害のあるアメリカ人法」(ADA)の、機会均等化のポリシーが本書のいたるところに顔をだしている。

 本書は上質なミステリーだが、「ろう」者の世界に関心をもつ人にも興味深いだろう。米国ではシリーズ化され、いずれも「ろう」者の生活に関する洞察に満ちている、と好評を博しているそうな。

 翻訳上の小さな瑕疵をひとつ。
 わがヒロインは、言語をひとたび獲得した(おおむね3歳まで)後の4歳で、髄膜炎により失聴した、という設定である。しかも、音声で話しかけている。本書では終始「ろうあ」と訳されているが、「唖」のない「聾/ろう」または「中途失聴」が正確な訳語だ。

□ペニー・ワーナー(吉澤康子訳)『死体は訴える』(ハヤカワ文庫、1999)
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