古い倉庫を始末し、新しく設置した際、古い倉庫から出てきた本の一。
(1)人気作家ジョン・グリシャムの長編第9作目。法廷あり弁論あり、手慣れた筆致で弁護士の生態が描かれるが、マンネリズムには陥っていない。一作ごとに、米国の今日的な社会問題に切りこむからで、本書でも新たな分野に挑戦している。
グリシャム作品は、エンターテインメントの形式を借りた社会学とでもいうか、米国社会の一面を活写しているのだが、本書ではこの特徴がことに濃厚で、弁護士のソーシャルワーク的機能を盛りこんでいる。かと言って、ちっとも堅苦しくはなく、三枚目ふうの、幾分軽佻浮薄な語り口に乗って、一気に読みとばせる。
(2)主人公は、マイクル・ブロック、32歳。弁護士800名を擁するドレイク&スウィーニー法律事務所の反トラスト法部門に所属するシニア・アソシエイトである。週6日、一日15時間働き、年収は12万ドル。パートナーに昇格すれば年収100万ドルは軽い。同期の入所者中、パートナーに最短距離に位置すると目され、3年後には昇格がほぼ約束されていた。だが、禍福はあざなえる縄の如しで、妻クレア(外科医師、レジデント)との結婚生活は破綻寸前だった。
(3)そのドレイク&スウィーニー法律事務所に、白昼堂々と賊が侵入した。腹にダイナマイトを巻き、マイクルをはじめとする9名の弁護士に銃を突きつける。浮浪者の身なりだが、かってはそれなりの暮らしをしていたらしい。頭は切れる。悠揚せまらぬ物腰は、かえって人質たちの恐怖を募らせる。
「きみ」という馴れ馴れしい呼称を拒んで、ミスターと呼ばせる。ミスターは、弁護士たちへ奇妙な問いを発した。「おまえたちは慈善事業にいくら寄付したのか?」
ホームレスの給食所には?
救護所には?
無料診療所には?
居並ぶ弁護士たちは次々に、寄付していない、という答を返す。銃の脅威が、ますます深刻になってきた。
(4)これが発端である。事件は急転直下解決を見るのだが、ミスターの発した謎の問い、「だれが強制立ち退きの担当者なんだ?」がマイクルの胸中にくすぶった。
心の後遺症は、後に主人公自身思いもよらなかった行動に導く。事件直前までそのために身を粉にして働いていた巨大法律事務所とまっこうから対決することになるのである。いずれが破滅するのか。緊張に満ちた1か月間が本書で描かれる。
(5)表題の「路上の弁護士」は、①ホームレスを弁護する弁護士、②ホームレスとなった弁護士、③ホームレスを弁護するホームレスである弁護士・・・・の3通りの解釈ができよう。そのいずれであるかは、一読すれば直ちに自答できる。
□ジョン・グリシャム(白石朗・訳)『路上の弁護士』(新潮社、1999/後に新潮文庫、2001)
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