古い倉庫を始末し、新しく設置した際、古い倉庫から出てきた本の一。
(1)A・J・クィネル唯一の短編集。「手錠」「愛馬グラディエーター」「バッファロー」「ヴィーナス・カプセル」「六十四時間」「ニューヨーク、ニューイヤー」「地獄の静かな夜」の7編をおさめる。
この連作短編は、訳者あとがきによれば、1993年にクィネルに出会ったときに訳者・大熊榮が持ちかけたのが契機となった。作家としての想像力の広さを示したい、と考えていたクィネルは二つ返事で引き受けた。
(2)その自負は作品が証明している。長編作家クィネルの別の才能が本書で発揮されている。
世界各地を舞台とし、ストーリーはどれ一つとして他と似ていない。じつに多彩である。共通しているのは、緊密な構成で、結末のひねりもよくきいている。プロ・ボクサーの筋肉のように、落とせるところまで贅肉をおとして、長編とはちがう短編の妙味、切れ味のよさを見せている。
短編作品によって、フレデリック・フォーサイスとの違いがますます明らかになる。フォーサイスは人間を突き放して見ている。それはそれで独特の味わいがあるのだが、登場人物はレポートの対象でしかないという印象も強い。クィネルの場合、情念のドラマがある。これを訳者は「愛(と憎しみ)」と呼んでいる。友情を含むこの「愛」は、いずれも抑制され、持続的で、常に行動をともなう。
(3)こうしたクィネル的特徴は、本書の総題となった「地獄の静かな夜」 A Quiet Night in Hell に遺憾なく発揮されている。
読者に対するサービスも遺漏はない。「愛馬グラディエーター」には、クィネル・ファンには疾く承知の人物が最後の最後に登場し、しかも重要な役割をはたすのだ。
□A・J・クィネル(大熊榮・訳) 『地獄の静かな夜』(集英社、2001)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「書評:『ブルー・リング』」
「書評:『モサド -暗躍と抗争の六十年史-』 ~インテリジェンスと国家~」
「書評:『あの原子炉を叩け!』」
「書評:『スナップ・ショット』」