語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】『シビル・アクション -ある水道汚染訴訟』

2013年03月29日 | ノンフィクション
      

 ジョナサン・ハーは、米国マサチューセッツ州在住のノンフィクション・ライター。9年間を費やして完成した処女作である本書で、全米批評家賞最優秀ノンフィクション賞を受賞した。
 環境問題を踏まえつつ、米国の法律家の生態を描き、さらに司法システムに内在する問題を剔抉した入魂の作である。

 ウォーバーン市は、人口3万6千人、ボストンの北20キロに位置する。古くから製革のまちとして知られ、大規模な化学薬品工場も建設された。しかし、第二次世界大戦後、皮革産業は衰退一途で、1966年現在、市内で操業する製革所は一か所のみであった。
 1964年、ウォーバーン市の水道に新しい水源Gから汲み上げられた水が流れはじめた。
 住民は、まもなく味の異変に気づく。
 3年後、同じ帯水層の水源Hも揚水を開始する。
 水源GとHの水は、もっぱら東ウォーバーンへ流れた。味はまずく、異臭がして、錆色ににごっていた。水道管の腐食もはげしかった。
 1972年、3歳のジミー・アンダーソンが白血病と診断された。発症率10万人に4人以下の病気である。母親アンは、同じ病気にかかった子どもが近所に複数いることを知る。
 1979年春、産業廃棄物の不法投棄事件をきっかけに、州の環境調査官が水源GとHの水質を検査した。2か所とも、大量のトリクロロエチレンが検出された。発癌物質の疑いがある工業用溶剤である。
 同年7月、砒素ほかの重金属で汚染された池が発見された。製革所のなごりともいうべき動物の皮や毛が捨てられたまま腐敗していた。新聞による報道を契機に、ここ15年間に白血病に罹患した子どもをもつ親の集会が開かれた。12件の情報が集まった。うち8件は、東ウォーバーンの住民である。

 まことに戦慄的な事実だが、これは序曲にすぎない。
 幕あけとともにシビル・アクション、すなわち民事訴訟がはじまる。
 原告、住民側の弁護士は、ジャン・シュリクトマン、31歳。こなした事件はまだ多くはないが、勤勉、かつ、「ブルドッグみたい」に一度つかんだら最後絶対に離さない粘りで成功をおさめ続けていた。
 受けて立つ被告、多国籍企業の化学薬品メーカーであるW・R・グレース社、巨大複合企業体のベアトリーズ・フーズ社の2社は有能な弁護士をたてる。

 本書は、これら法律家を活写する。莫大な私費を投じて不眠不休の努力をするシュリクトマンに焦点をあてながらも、彼とチームを組む同僚の弁護士や事務員たちにも目配りしている。巨大資本を背後に激しく巻きかえす大企業側の弁護士も、「一方的にこちらに不利な裁定をする」とシュリクトマンを怒らせる裁判官も、偏りなく描く。
 こうした冷静な筆致が、米国司法制度がかかえる問題をも浮き上がらせる。

 小説ならば、読者は多岐にわたる調査や法廷闘争であの手この手をつくすシュリクトマンに感情移入して、「主人公」の勝訴を予想するだろう。その予想はおおむね充たされるだろう。正義は住民の側にあり、正義は最後には勝利するはずだ・・・・。
 が、本書はノンフィクションである。読者の予想、あるいは期待は必ずしも充たされない。
 かと言って、裏切られるわけでもない。
 ことは、もう少し複雑だ。この複雑さをていねいに解きほぐす過程が、読みどころである。その面白さは、凡百のリーガル・サスペンスをしのぐ。なお、本書はジョン・トラヴォルタ主演で映画化された。

□ジョナサン・ハー(雨沢泰訳)『シビル・アクション -ある水道汚染訴訟(上・下)』(新潮文庫、2000)
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