どうでもいいこと

M野の日々と52文字以上

ぼんやりする

2017-10-06 21:57:12 | 日記

 

ぼんやりした天気だった。だからぼんやりする。

ぼんやりとした頭の中でも、ぼんやりとしかわからないのが今度の選挙だ。何がぼんやりしているのかといえば、やっぱり希望の党だ。おかげでぼんやりしてしまっている。

政策的にどうかとか、というかついにマニュフェストという言葉を使わずに、政策綱領というぼんやりとした言葉に変わったのも大きい。中身が同じとかそう言ったことではない。政策目標という言葉はもう無理だという、諦めのような言葉になった。

そう諦めというのはぼんやりしているものなのだ。不安があるからぼんやりするのであって、目標も設定できないくらいに、正確にいえば具体的なことに拘泥するあまり実現不可能なマニュフェストはやめて、綱領という自分たちだけのアイディアの発表会にしか感じられない。まあそれはいい。以前のマニュフェストが本当に党内で議論しあってできたものかどうかあまりにも怪しい。ボトムアップ型のシステムの自民党は、本来議論調整型だったが、小選挙区対応で党主導になってしまった。そのギャップが未だ埋められていない。民進党は、民主党時代にそのギャップを閣僚の自由な発言で徹底的に変えようとしたのだが、官僚との齟齬とか、政治家って結局のところ譲り合わない人たちなのかということで、何もかもギクシャクしてしまった。野党になってから中道から左翼に転じたのも、勝ち負けの理論だけで党内があったのだろうと思う。民進党になってからも足の引っ張り合いが続いて今日に至ったのも、人ってこう言ったもんだという見本になってしまった。

 

 

消極的安倍内閣支持者だが、自民党岩手県連合会は支持していない。全く支持していない。いい候補者を出しても負ける。正確にいえば全くやる気を感じないインナーサークルの気分を感じる。確かに小沢氏と階猛氏がいるのでそうなるのだろう。だが異常だ。

希望の党の設立に小沢氏が関わっていたという話がある。小池氏の都民ファーストを全国区政党にして、民進党と合併、勢いに乗って自民党過半数の状況を壊す。そして自民党と大連立を組んで、しかも石破首相で小池副首相という組み合わせというものだ。小池氏が出馬しないということで、この絵は存在しないが、小沢氏がまた出馬するのだ。

もしも政治家だったら、自分がどんなに日陰でも、自分の書いた絵図を議会で見てみたいと思わないか。多分この噂は本当なのだろう。

引退すると思っていた。亀井静香ですら引退するのに。

 

 

階猛氏が希望の党から出馬するのだが、これは如何かと思う。本人は中道でプラグマティストだ。だから希望の党というのは正しいのだろう。だが都民ファーストが希望の党になったというのは事実で、即席の全国区の政党は、どのような綱領があろうが全く信用できない。

そしてなのだが、現在何が手詰まりなのかという認識を感じられないのだ。これは自民党もそうだ。彼らの道具としての選挙であって、それはそれで正しいのかもしれないが、主権者というのはどこにあるんだという疑いはある。

国家は国民の庇護者になり得ない時代になっている。政治家にはその危機感が足りないように感じる。

 

 

現代に生きるのに、中世の思考様式が蘇っている時代だ。スペインのカタルーニャ独立運動もプラス自分たちの経済活動が貧しい他県に流れるのを嫌がっているところが大きい。ルクセンブルグのように小さくても豊かな国がある。だがカタルーニャから企業離脱が始まっている。

民族主義と資本主義は全く関係がないのだ。

最後になのだが、残念なことに安倍内閣を支持しなければいけないのは、アベノミクスの手仕舞いなのだ。この難しさは半端ない。アメリカとEUが金融緩和政策を行なっている中、えっとね金利自由化の時代なんですね、国家がやれることはどんどん減らしている経済政策で、貨幣供給量を国債や債務でコントロールしようというのですが、全世界に回っているお金が大きすぎて管理できないわけです。円だけじゃないですからね。そのあたりを信用というのですが、貨幣の信用。だから財務状況が問題なんだというのは当然なのですが、手仕舞いには条件が必要です。

アメリカとEUが手仕舞いすること。できれば日本と合わせて協調的手仕舞いをすること。協調的でない現在では、ちょっとでもミスすると円買いが世界から殺到するわけです。円高です。アメリカが手仕舞いをすると言い続けているから、今日があるわけです。日銀は政府から独立していますが、アベノミクスのべったり感で、これって簡単じゃないのと思われている政治家が多いのではないのか。本来なら鳩山さんが発動すべき政策だったんですけど、この程度すらわからん人だったというのは確かでしたね。

アベノミクスの金融緩和は日銀に任せる。と言う政治家がいないのはまあどう言ったことなのかね。ユリノミクスとか言う前に、アベノミクスのこの根幹は、直ちに解除できないものなのだ。

まあその前に、都民ファーストとこの前まで言っていた党首が、地方で反感を買っているのはわかっているのだろう。

だからさらにぼんやりしている。


秋です

2017-10-06 01:01:30 | 日記

 

今日は泳ぎにゆく。だが気合が全く入らない。まあその通りに泳ごう。

カメはいつ・どこで冬眠するのだろう。

この池は岸を石で固めている。アズマヒキガエル用の脱出ルートはあるがカメには小さい。やっぱり池の底かな。

 

 

岩手山が初冠雪だったという。昼過ぎだが確かに雪が少し山頂付近に残っていた。

イギリスのテリザ・メイ首相にドリフ並のコントが起きたようだ。保守党の党大会の最終日、首相の演説で締めくくられるのだが、コメディアンのサイモン・ブロドキン氏が「ボリス・ジョンソン外相がこれを渡せって」と解雇通知の書類P45を渡す。そのままボリス・ジョンソン外相のところにゆこうとしてシークレットサービスにご用。一体どうやって入ったのかは不明。「P45を渡したいのはジェレミー・コービンだけ」とそこまでは余裕。その後メイ首相は咳が止まらなくなり、フィリップ・ハモンド財務相がのど飴を渡してくれて、「財務相がタダでくれました」とジョークを飛ばすのだが、演説は散々。一応閣僚はキメ台詞でスタンディングオベーションしなければいけないのだが、内務相に促されてボリス・ジョンソン外相が立つところが目撃される。さらに後ろのチャンネル文字が一つ落ちる。そして終わりにはさらに一つ落ちた。チャンネル文字は綺麗な台形に見えるように並んでいたが、その底辺の角が取れた格好になってしまった。

まあこの話はメイ首相は当初のハードブレグジットから、より現実的なソフトブレグジットに移行している。それをハードブレグジット派のボリス・ジョンソン外相と軋轢を生んでいるという。それを確認させる結果になったわけだ。

大きな物語に回帰しようとしている彼らは、偶然に歴史あるコメディーを演じてしまったわけだ。

 

 

ということで2200メーター泳いだのだが、どうも今一歩パワーが出ない。アドレナリン不足という感じだ。スロースタートで始めてやる気をコントロールする予定だったのだが、体があったまってもやる気が上がらないという結果になってしまった。

売店にたまに出ている味付け卵2個100円で締めたが、殻が剥きにくかった。

 

 

田んぼにスズメ除けのLD。LDですね。まだあったんだ。

さて気になる北朝鮮情勢。なんとアメリカはお得意の精密爆撃ができそうにもないということだ。シリアやイラクでかなり使ってしまって在庫がかなり少なくなっているようだ。発注はしているようだが企業側がすんなり受けられない事情もある。今後もこの量が必要なのかどうかわからないからだ。いずれ1年はかかると言われている。

そうなれば戦略核になるのだが、北朝鮮に戦略核?というのもある。そしてここに核兵器を使用した場合、中国・ロシア・韓国・日本への核物質の飛散の問題が出てくる。プーチンが「北朝鮮には秘密の軍事施設がある可能性がある。攻撃が成功するかどうかは不明」と言っている。確かにそうだ。成功させるために戦略核をいっぱい使うのはそもそもナンセンスだが、そうしなければいけない可能性もある。

そうなれば、中国共産党大会の前にアメリカが攻撃するとしても限定的になるか、もしくはしないという可能性が大きい。ミサイルを次に打った場合、それに水爆が載っていると確信すればミサイルを撃ち落とす可能性はあるだろうが、成層圏を出たところを撃ち落とす技術は今の所ない。大気圏内で撃ち落としたらそれはそれで、核物質の飛散の問題が起きる。

まさかなのだが、高速飛翔体を使うのかなぁ。まだ実験段階だけどアメリカだったら多分すぐ作れる。そして古くなったICBMに搭載すればいい。宇宙から1トンくらいの制御できる飛行機を落っことすというだけの兵器だ。大気との摩擦熱の問題が大きく、1トンの物質をできるだけ1トンで地面にマッハ10で落としたいというだけなのだが、うまくゆけば核兵器並みの安全な兵器なのだが、実用化はされていない。

トランプさんのツイッター攻撃があんまりにもあんまりなので、北朝鮮の中でも不安が増大しているとも言われている。これで抑止力になればいいんだけど、国民のことを考えているとは、思えない国ではなぁ。

 

 

雫石川にナゾの罠が出現している。なんなのだろう。

 

 

網が見える。でも何を捕まえるのだろうか。不明。

 

 

鮭が通り過ぎた。まさか鮭の罠?少し違うような気がする。

 

 

今年のノーベル文学賞はカズオ・イシグロ氏に決まった。ハルキファンには残念だが、彼の経歴が微妙で面白い。日本人だったのが5歳でイギリス、日本語はほとんど喋れないという。28歳でイギリスに帰化。私にとってはその前に、彼は70年安保の洗礼を受けていないということだ。確かにあの時の運動は世界中で起きた話だが、日本の文脈とヨーロッパでの文脈はかなり違うと感じている。村上春樹の小説にはその頃の時代に対してアンチでありながら、そこにあった底層を常に考えてゆくというのがある。そこがドメスティックそのものなので、ノーベル文学賞には少し違うように、思う。

実はイシグロ氏の本は面白いという評判に、実はずっと前から聞いていたのだが読んでいない。単行本だったからね。おかげで文庫本で読めるようになるかもしれない。と思ったらハヤカワで出ていたのか!今アマゾンで調べたら、中古相場が新品と同額以上になっていた。

元日本人の作家というのがノーベル文学賞を取ったのだから、マスコミはどう扱うだろうか。それが楽しみだ。

そして十六夜なのに、まだ満月ではない。