母は私が建てた小さな家に姉と住んでいた。
隣の古い実家の屋根の事は気になっていた。
それがトントン拍子に解決したのだ。
すると、私の住処の心配をする。
家を使っていては、申し訳ないと思っているようだ。
母の為に建てたのに・・・
私は近くの町営住宅に住んでいる。
私は住処、着る物、食べ物、オナゴにこだわらない。
有ればいいのだ。
無ければ、我慢すればいいのだ。
そんなことより、興味のある事をしたい。
家などいつでも建てられる、と思っていたし・・・
何の考えも無しに、のんびり子供と暮らしていた。
多少成長が遅めだが、私や本妻は気にせず連れまわしていた。
シーズン中は、姉が手伝ってくれた。
景気の翳りはあるが、それでも何とかなっていた。
秋口からは、駐車場に大型テントで地物の直売も始めた。
いつの間にか私は40歳を過ぎていた。
5年毎の予定の家は建てなかった。
特に建てようと思っていなかった・・・
その気だったら、多分何とかなったろう。
だが、次の転換期がその気にさせなかったようだ。
そういう事は、後から理解できるのだ。
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